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■ ガット弦をつくろう
(3)ヨリ作業:小ヒモをねじってひとつにからめます。
ストランドを束ねてグリグリとよじる作業です。キャットラインのように弦を「編みあげて作る」方法もありますが、その場合は乾かした小さな素線をあとから縒(よ)って作ります。
いずれにせよ長いヒモ状のストランドの片方を縛り付けておき、もう片方を回転させる方法で縒っていきます。そのためには土台(スタンド)と回転機構を備えた装置を作る必要があります。そしてまた縒ったあとに乾燥行程が待っていますので、そのためのスペースのことも考慮せねばなりません。作る弦は1本ではなく複数本を同時にまとめて作るほうが合理的ですので乾燥場所は頭の痛いところ....。皆さんならどうしますか?
次に示す絵は昔の弦製造プロセスのひとこまを示した版画です。左の女性が何やらプーリー付きのハンドルを回転させているように見えます。添えた手の先を見るとフックのようなものが取り付けてあり、弦が結わえてあるようです。たぶんこの装置でグルグルと縒ったのでしょう。M
字型のテーブルに御注目あれ、これはおそらく水から引き上げたストランドがヨリ作業で含んだ水分をしずくとして回収し、はけるように工夫されたものと思われます。ヨリはじめた弦が少したるんでいる点に注目しましょう。対して背景に目をやると弦はピンと張って物干し台に掛けられ焚き火で乾かしている様子がうかがえます。このへんに極意があるもよう。
ちなみに右側のおばちゃんはこの道一筋30年のベテランと見られ、左の新入社員(研修中につき時給扱い)に対して「腰がはいっちょらん!」とか「最近の若いものはだらしがない!」と厳しく指導しているもようです。心なしか左の女性は手つきからして緊張気味?.......。
さて、ここで鶴田は考えました。前図のようなでっかいテーブルは狭い我が家に設置できませぬ......。そこでまったく新しく小規模な作業台(弦製造スタンド)を考案・開発するに至ったのです。
ついに公開! ガ〜〜ン!! 弦製造業界に波紋を投げかける驚異のコンパクトサイズ。構想2日、制作費およそ240円を投じた問題作! 構造はあきれるほどシンプル。120円の角材の両端に皿木ネジを打ち、フックと木ネジをつけてよじるだけ。しかもこの小さな1台で一度に3本の弦を作ることができます。乾燥もこのまま放置、おっと、格納すればOK!
まず準備するものは...
・モリーフック
・皿木ねじ
・角材(なるべく長いもの):40 x 12 x 910 mm
・ヒートン
・何らかの回転装置:今回はハンドドリル
あとでストランドをよじりながら気付いたのですが、このモリーフックはあっても無くてもヨリ作業は可能です。比較的太いゲージの弦を縒るときには便利ですが。いちおう説明しますと、次の写真のようにフックの穴の一部をルーターで削っておきます。これを角材の端に木ネジで留めます。
角材の反対側には皿木ネジを準備して打ちます(ここでは3つ)。そしてその数だけ「O リング」または「ヒートン」を準備します。ストランドをこのリングに結んで固定しておき反対側のヒートンにもストランドを結わえて回転させるわけです。至ってシンプル。「O リング」はそのままで使いますがヒートンを使う場合はペンチで曲げて少しの隙間を残してワッカにしておきます。もしくは最初から閉じたヒートンをペンチでわずかに開いてもかまいません。Oリングだとストランドを結ぶ時と外すときに厄介ですし、ヒートンを使えば弦の両側からよじることができると思って試してみたのですが片方からのみよじる場合と結果が大差ないのでみなさんが自作される場合は「O リング」でも結構です。
そしてモリーフックの両脇にも木ネジを打っておきます。これはつまり、モリーフックでヨリ終わったストランドをいったん外して隣の木ネジに引っ掛けておくのです。そして次のストランドのセットをモリーフックにセットしてよじる......それがヨリ終わったらそのストランドをまた外して隣の木ネジに引っ掛けておく。そう、モリーフックは一時的に縒るための留め具として使うわけです。ならば、最後の3本目のストランドの異動先は?.......ヨリ終わった時点でその場に放置(笑)。
ちなみにモリーフックはこの土台では中央に固定してありますが端でもかまいません。
角材は長さ910mmのものが広く市販されています。今回作った弦は両端をカットして最終的には87cmが最大の長さとなりました。私の所有するほとんどの19世紀のギターではなんとか使えそうな長さです。当然ながらうんと長い弦を作るには長いスタンドが必要です。
ストランドを束ねて結び、さきのモリーフックの欠いた溝から穴へ通して写真のようにセットします。ヒートンのネジ部分をハンドドリルのチャックに挟んで固定します。こうやってあとはハンドルを回せばいいのです。 そうです! ギターの弦を作るぐらいであればヒートンをよじって回転させるための軸受やベアリングは必ずしも必要ないのであります。
ではさっそくはじめましょう。これは3本のストランドを水から揚げて束ねているところです。ストランドの端はハサミでカットして揃えてあるので1本に見えますが間違いなく3本です。これをヒートンのワッカ部分に結びます。古来よりヒートンと動物のかかわりは深く親密で、かの「ヒートン動物記」にもガット弦の作り方が紹介されています(ウソ)。
【問題】さて、ここで問題です。いったい何回転よじればよいのでしょうか?
入手した羊腸の太さやストランド数によって適切なヨリの回数には大きく差が出るため、一概に「何回転」とは答えられないのですよ。ま、.............. ようするにヨリすぎるとガットがコブ状に盛り上がってくるので(ゴム駆動のプロペラ飛行機と同様)、そうなる手前で縒るのをやめればよいのです。なぁに、ヨリすぎたら「ハイツイストでいっ!」と、スッとぼけましょう。いくつか作ればおのずとコツもつかめてくるものです。
ガットだけにガ〜〜〜〜〜ッ!と一気に巻きたくなるキモチもわかりますが私はのんびり丁寧に巻きました。あとは条件を変えていくつかの弦を作ります。ストランドの本数はもちろんのこと、ツイスト(巻回)数もあれこれ変えて試しました。さきの版画にもあったようにやや長めのストランドで縒ってみたり、短めで引っ張りながら縒ってみたり......いくつかの異なる仕様の弦を作り傾向を探ります。羊腸はポーラスなのでヨリによって水がしみ出てきますが、ペーパータオルで吸水しておきます。
1つのCRANE Gut Making Stand あたり3本の弦が張れます。御覧のようにスタンドをたくさん用意すれば量産弦メーカーも夢ではない!? 御覧のとおりコンパクトなのでほとんど場所をとらずに乾燥・格納もできるのです。開発した本人が言うのもなんですが、素晴らしい! 天才だ! 自分の才能が怖い!
「なぁ〜〜んだ、角材に木ネジを打っただけじゃないか」と思われるかもしれませんが、ここに辿り着くまであらゆる案を練ったのですよ。結果的にシンプルになりましたが、過去の資料や冒頭の版画などのように縒り台と干し台を兼用し、なおかつコンパクトなものとなると前例がなかったワケです。私なりに苦労したのであります。いくつか試作もしましたが、結局は無駄をすべて排除したところ、ようやくこのスタイルに落ち着いたのであります。アタマでわかっているつもりでも実際に手を動かすことが大切なのだと、つくづく思います。そしてまた、それがうまくいくと何より楽しいのです。
マスキングテープには羊腸の種類、ツイスト(世良政則)の回数、ストランド数などを記入してラベル代わりにスタンドに貼っておくと便利です。このメモはあとで袋詰めするときなどに貼り替えて再利用できます。
バイクのレースなどで用いるツイスターが使えんもんかと思っています.....
さあ、このスタンドで乾燥させたあとは表面を研磨する作業です。次はどんな秘策が飛び出すか!?
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