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■ ガット弦をつくろう
(4)表面処理:直径のチェックと研磨
さて、いよいよ弦づくりの最大の難関です。羊腸からストランドを作り、
よりあわせてヒモ状にするまではなんとかこなしてきましたが、
それをたんなる「羊腸のヒモ」ではなく「弦」と呼べる状態にするにはゲージ(直径)の精度にかかっているのです。
楽器に張れても音程が悪くては弦とは呼びがたいのであります。
市販の弦ですら製造過程でのばらつきが生じるために「まったく均等な直径」は存在しないといっても過言ではありません。
あなたもココロアタリがあるでしょ? 時として(製造時のロットにもよる)不均質な弦が市場に出回ることもありますよね。
弦メーカーではそういった不均質な製品をレーザーを使って選別しているほどなんです。
それを私たちは手作業でやろうっていうんですから、こんな無謀で楽しいことはないでしょう(笑)。
さて、さきのスタンドで乾かした弦は(正確にはまだこの時点では弦とは呼べない品質)その表面に小さな窪みやガットの小片がまとわりついています。デコボコがあるんですね。
なおかつ「縒り」作業によっていくらかのゆがみを生じているのです。
ですから、表面のデコボコをを削り落として研磨することにより、可能な限り断面を真円に近づけ、
全長にわたって均一な直径とせねばならないのです。さぁタイヘンだ!
さて、昔の弦製造メーカーはこの問題にどう対処していたのでしょうか?
ここに一枚の版画があります。部屋の奥の男性はクシのような道具で長いガットをしごいているのがおわかりいただけるでしょう。
左手の人物は商店街の歳末大売り出しに備えて福引き抽選器を製造しているもようです。
いちばん手前の男性はドラムから弦をほどき、穴の空いた板に弦をとおして引っ張り出しているようです。
さらによく見ると足下にはいくつもの穴の空いたプレートが置かれています。
おそらく、ガットをこういった穴を通して均一になるよう削り、研磨していたと思われます。フムフム..........。
TVコマーシャル:「なんだ、簡単じゃねぇか....。」(パソコンを前にした高倉健 風に)
私は今回、地ガット弦をつくるにあたって、この図版を見たときは、そう思ったものです。
実際に作業をはじめる直前までは。
さて、さっそくはじめましょう。
金属のパネル(1mm
厚のアルミパネル)を準備してルータで直径の異なる穴をいくつか空けます。
今回一緒に自家製ガット弦づくりをやっているLEEさんのアイディアで一斗缶のフタ(はがね)も使ってみることにしました。
セッセと穴を空ける私.......。金属用のバイトを使ってオイルを刺しながらせん孔します。
ここではルータを使っていますがハンドドリルでも結構。
なんたって、ガット弦づくりのラーソンさんのサイトにもこれについては触れていませんし、
ほかに世界中探しましたが現時点(2003年2月)では弦のつくりかたのノウハウを説明したホームページはありません。
道具や手法の写真や文献もありませんからまさしく手探りで試行錯誤ですよ。
穴を空けたら、干してあったガットをこの穴に通してゴシゴシ........
結果は寂しいものでした、
・ガットのストランドが毛羽立ってしまう(う〜〜〜ん)。
・金属板に空けた穴の直径が摩擦で拡張されてしまう(あらら)。
まあ、こういったコトはあらかじめ予測もしていましたが、それでもやってみたいワケですよ。
リクツじゃなくて、ちゃんと自分の手と目と耳で確かめたいのですよ。私はそういうヒトなんですよ。
はぁぁぁ(ため息).....
さて、ここで地ガット仲間のLEEさんからメールが届きまして、精度の高い研磨方法を開発したとの吉報です。
さっそくLEEさんのアトリエに遊びに行きまして(じつはけっこう近所なのだ)。
あれこれ秘技を見せてもらいましたよ。
ここではちょっと鶴田風にアレンジした研磨方法を御紹介します。
基本的な原理は「サンドイッチLEE伯爵方式」と呼んでくだされ。ポイントはつぎのとおり。
・弦を回転させ、サンドペーパをガットにあてて摩擦する。
・サンディングの治具は平面を出して、弦の厚みを決める。
・研磨の速度やサンドペーパの角度に注意を払う。
たんにフックとモーターがついてるだけじゃないかって?
とんでもない象! ここに至るまでがタイヘンだったのですよ。
前例がないところに先駈けてコトを成すというのはとっても大事なんですぞ。ねぇLEEさん。
弦づくりにおいて太さの精度を上げることは最も重要なことです。
0.01mmの壁を克服したことは世界の弦製造史上、まさに画期的といえるでしょう。
よって2003年度の「ノーベル弦製作賞」をLEEさんに授けまする。
このシステムが今回実現したことで世界中に地ガット弦づくりが波及するに違いありません!
おそらく今後、よそのホームページでもクレーンホームページのこの記事にそそのかされて(笑)、物好きな方々によって「弦をつくろう」みたいな記事が登場するやもしれません、フフフフフ..........
楽しみです。
【地ガット弦 高精度研磨システムの説明】
・長い板の土台の端に留め具をつけて回転させるためのベアリングを装着します。
ガットは留め具の穴をとおしておきます。
ベアリングが入手できない場合はキャスターや戸車を流用するか、
もしくはもっとシンプルに低予算ですませるならトタンやモルタル壁用の釘についているスリーブを装着しても代用できます。
但し、からまりやすくなるのでベアリングをお薦めします(泣きながら実験済み)。
・もう片方にはドリルもしくはルータを固定してヒートンの先端部分をチャックで締めて固定します。
私はルータを低回転させますが、低速のほうがよいので電動ドリルをお薦めします。
もしくはタミヤ模型のギアボックス等を流用しても良いでしょう。
土台には厚手の両面テープで固定してあり、弦長を微妙に調整します。
・サンディングのための治具は角材を 5cm 幅
程度でいくつかにカットしてサンドペーパを両面テープで接着します。
ブロックよりも小さめにサンドペーパをカットしてピッタリに貼らないと、傾けたときに編摩耗するので要注意です。
こういったブロックをサンドペーパの番手を変えていくつか作っておきます。
・サンディングの治具に装着して弦の直径を決定するためのゲージアダプタを作ります。
弦の切れ端を瞬間接着剤で木片に接着したものです。
これと同様に太さの異なる弦を接着して数種類準備しておいたほうが便利です。
マイクロメータで貼り付ける弦の直径を測っておきましょう。
この直径がガットの仕上がりゲージ経になるのです。
・電動ドリル、またはルータでガットを回転させてサンディングブロックとゲージアダプタでガットをサンドイッチして研磨するのです。
そうすればアダプタに接着してある弦の太さよりサンディングしてしまうことがない、というしくみなです。
LEEさん、アンタはエライ!
あとはときどきマイクロメータ(ホームセンターなどに数千円で売ってます)で直径を確認しながら弦の全長にわたって研磨を続けます。
ストランドの数でおおむねの太さが決まり、それをさらにこういったゲージアダプタを選択しながら各種の太さにすればよいのです。
ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ............ 弦作りもたいへんですが、ホームページにまとめるのも必死です。
ここに乾燥後のガットと研磨中のガット(これくらいなら「弦」と呼んでもいいでしょう)の写真を掲載しておきます。
比較していただくと、いかに研磨作業が重要であるかが御理解いただけるでしょう。
私の実験では正しい音程を確保するためには少なくとも精度 +−
0.03mm以内に納めるべきです。
市販のナイロン弦でも 0.02mmの誤差のものはけっこうあります。オーガスチンとかね。
ここの写真ではまだ240番で削ったばかりです、サンディングブロックを交換しながら400番、800番、1200番ぐらいまで研磨していきます。
デジタルカメラのマクロモード全開で撮影しました、400万画素でよかった......。
※ 註記:この記事を書いた当時のデジタルカメラは一般的には400万画素は最高レベルであった
【コーティング】
上記のように完成した「素ガット弦」ですが、アーモンドオイル等に漬け込んでから使う奏者もいます。
また、それとは別に耐久性・耐摩耗性を高めるためにニスを塗れば「コーティング羊腸弦」となります。
私は陽ざらし亜麻仁油(サンシックンドリンシードオイル)やTru-Oilを使うことがあります。
はい、研磨やコーティングが終わったら楽器にこのガット弦を張って演奏できます。
フツーに縒って作った(強く縒っていない)場合は市販のガット弦と同じ比重として扱えるので、太さを確認するだけで使えます。
が、しかし、当クレーンホームページでは常に楽器のテンションの重要性を説いていますので、
可能な範囲内で弦の性質を知って、楽器に負担をかけないよう、過渡な張力で楽器を壊さないように気を付けたいものです。
適切なテンションの弦は鳴りもまた違います。
また、どれぐらいの直径ならギターの2弦に使えるのか? 完成したこの弦はヴァイオリンだとどの線に使えるのか?といった判断は弦計算尺を使えば便利です。
弦計算尺についても当クレーンホームページに解説してあります。
弦長や音域や張力の把握には必需品です。楽器を壊さないためにもお薦めします。
さあ、次は「測定」です。
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