|
■ 弦を張る
組み立てを完了し、いよいよ弦を張って音を出します。その前に大事な予備知識と準備作業を説明します。
なお、とくにことわりが無い限り基準ピッチは A = 440Hz で参ります。
今回も頑張って動画を撮ってみました。
● 松ヤニを塗る
組み立てる初期段階でホイールに松ヤニを塗りましたが、今後もまた塗る機会があるでしょう。ハンドルを回しながら付属の松ヤニをホイールに軽くあてて擦り付けます。本体が軽いのでぐらつかないようにスベリ止めを敷くなり工夫してください。松ヤニは新しいものを使いましょう。付属の松ヤニで充分ですが、私は染め物用を東急ハンズで270円にて買いました。銅版画のフォトグラビュール用にも安価で売られています。ヴァイオリン用は2000円ぐらいします(品質は同じです)。
【松ヤニを塗る動画】
わかりやすいように弦を鳴らしながら松ヤニを塗っています。塗っている途中から弦の振幅が増して音が少し大きくなります。
● 松ヤニをはがす
硬くなった松ヤニは弦がスリップして音がひっくり返るので適度に剥がして塗り直します。松ヤニを剥がすには付属の紙やすりを軽くあててハンドルを回します。紙やすりは#240番が付属しますが、お薦めは#150番前後です。
● 良いチューナーを準備する
うちの工房には5個ぐらいチューナーがありますが、このハーディガーディは弦長が約25cmのために、どれも反応が鈍いです。それで、いっそのことスマホのアプリで、と試してみたら大正解。私は iPhone 用の BOSS 「ChromaticTuner」を愛用しています。高価なオーケストラチューナーよりもはるかにこのほうが感度が良く正確です。蘇る昭和アイテムですな BOSSっ! コーヒーぢゃないよ。
・BOSS Tuner(無料でシンプルな定番アプリ)
・楽器チューナー by Plusadd(有料ですが周波数も表示して古典音階/音律にも対応)
・YAMAHA/ ヤマハ クロマチックチューナー TD-90 私のようにスマホを使いたくない方は物理チューナー。アナログ針式がたまらん坂。
※ チューナーアプリの設定で感度をあえて鈍くしたほうが調弦が楽にできることもあります。
● リフターについて(ドローン弦側に装備)
まずはドローン弦のおおまかな弦高を決めてみます。ここも動画を撮ってみたので参考にしてください。説明のためにメロディ弦を外してありますが、みなさんが試すときはメロディー弦のサドルをいちばん高くして一時的に音を出なくすると良いでしょう。
【リフターの役割動画】
この動画の説明としては、はじめにテキトーに弦を張ってあり、ホイールを回転させてもうまく鳴らないので、いったんリフターで弦を持ち上げます。このときホイールを回して音が出てはいけません。音が出てしまうようであればツマミを回してサドル高さを少し上げます(弦をつまみ上げながらのほうが楽です)。リフターを倒したり上げたりしてみましょう。
サドルはこの位置から徐々に下げていくほうが調弦は楽です。
● 弦のサンディング
弦として使われることの多いナイロンやフロロカーボン(PVF)は表面がツヤツヤしています。
テカテカというべきか? ヴァイオリンの弦と弓の関係に同じく、松ヤニをからませて摩擦を得るのであります。ハーディガーディのホイールになじませるには弦の表面を紙やすり(#240番程度)を使ってこすります。ホイールのあたる範囲で一周ぐるりと軽く。弦に平行な向きにサンディングします。ガット(羊腸)弦はサンディングするとストランドを傷付けてほつれやすくなるのでやってはいけません(ニスコーティングしてあればそれを落とす程度)。
【紙やすりをかける動画】
まだ松ヤニがホイールに充分に塗ってない状態で紙やすりをかけています。張力によっても鳴り方が違います。
【38ページから39ページ】
というわけで、おもわず力が入って前置きなのに詳しく説明してしまいましたが、いちおう組立説明書の順番に奨めます。
教科書38ページを開いてください。ここでは弦を張ります。
付属する釣り糸(弦)はフロロカーボン(PVF)1.5mです。
弦は2本でメロディー弦とドローン弦共に同じ太さです。同じ音程(ユニゾン)で調弦します。
(1)半分に切って75cmで使います(50cmでも充分ですけど)。
(2)ここは組立説明書の図に示されたようにテクニカルに巻く必要はありません。とにかくテールピースに2本結べばよいのです。
(3)ブリッジの2つのサドルと溝があるので各弦をそこに掛けます。
(4)40ページ:キーボックスとヘッドの境の板に穴が開いているので図のとおりに弦を通します。
(5)41ページ:各糸巻きの巻軸(ストリングポスト)に2つ穴があるので結びます。余った弦がギアに絡まらないように注意!
こんな感じになればOK!
(6)ホイールと弦の触れ合う角度について 43ページに大きな図が出ています。あくまで参考ですので、実際に自分で調整しながら弦高を決めると良いでしょう。
● ホイールの回転方向について
このキットの場合は回転部分の軸にバリが残っているとカタカタと音がすることがあります。ただ、ホイールの回転方向を逆にすると治まることがあります。一般的には前方向へ回しますが、個人的にはどちらでも良いと思っています。ただ、他人の楽器を借りる場合は前方向へ回してください、コットニングなど各部の調整が前向き回転を前提にしていることが多いからです。
● てっとり早いミュート
ドローン弦側にはリフターが付いているので音を出なくする(ミュート)のはカンタンですが、メロディー弦側の音を出したくない場合もありますよね?
それで私がとっさに思いついたのがこの方法。止めたい弦を指でつまみ上げるだけです。左手をキーボックスに置いて押さえるのがコツ。
【 注意 / アドバイス 】
調弦や調整に自信がないときはドローン弦のみ1本だけ張ってみて、弦高調整やホイールの松ヤニ塗りなどを経験したあとで、もう一本の弦を張るとよいでしょう。2本同時に音が出ると調弦しづらく、調整もしづらいです。サドル高(弦高)の高さがおおむね納得いくように決まったあとは同時に2本ならしたほうが楽に調弦できるかもしれません。
なんらかの弦楽器をふだんから弾いている方や音感の良い方はむしろ同時に鳴らしたほうが調弦しやすいという方もあります。
■ D(レ)に調弦する
このハーディガーディのキットの開発元であるウギャース社(UGEARS社)では D で調弦することを推奨しています。
D はギターの1弦10フレットにあたります。
● こちらが UGEARS社の調弦の動画 です。けっこうキーキー!カタカタ!鳴ってます(笑)
● 工房クレーンで撮影したD調弦動画はこちら。キーキー!カタカタ!といったノイズはほとんど出ません。
みなさん、お手元の楽器をこの動画に合わせるというのも調弦方法のひとつですので、御利用ください。
■ G(ソ)に調弦してみる
さて、鶴田が計算したところ D で調弦すると張力が約 4kg 掛かります。個人的にはけっこう強めのテンションだと思います。
それに、ハーディガーディはDまたはGで調弦するのが一般的。ということでもあるので G で調弦してみました。ギターでは1弦の3フレット。
弦は今回は交換せずそのままです。2本とも糸巻きをゆるめるだけ。張力は約 1.8kgです。D調弦と比べると音量は小さめです。
● そうなんです。賢明なCRANEの皆さんはもうお気づきかもしれませんが、ユニゾン(2本とも同じ音程)で調弦すれば、キーはどこでも良いのです。
ですから、歌に合わせたいような場合もそうですが D や G にこだわらず、その間の A とか B とか C なども試してみると面白いでしょう。
■ コットニング(綿巻き)
ハーディガーディに限らず、擦弦楽器では時々見かける方法ですね。綿を弦に巻くことで音がやわらかくなります。
はやくちことば「あかまきわた、あおまきわた、きまきわた」
繊維の長い天然のコットンが入手できればいいのですが、無ければ医療用の脱脂綿、え?それも無い?
う〜〜〜ん、では試しにということで今回は綿棒から採取して試してみました。ウ〜〜〜ッ! MENBO!
今回は大サービス。コットニング(綿巻き)の動画も作りました!
● 綿を巻く方向:私はホイールを回す方向によって綿を巻く向きも変えています。摩擦で綿が引き締まる方向に巻きます。
たくさん巻けばよいというものではありません(綿が多すぎる例)。
なお、コットニングは必須ではありませんので、裸の弦のままの音で弾いてもかまいません。音色の好みですから。
そろそろ大晦日なので年賀状書かなきゃ ... 。ジョンソン綿棒とたわむれている場合じゃないんだけどなぁ ....
■ 演奏してみる
というわけで、ひととおり完成までの説明と調整について解説しました(ゼェ、ゼェ ... )。長かった。
教科書(組立説明書)の46ページと47ページに楽譜が掲載されています。タブ譜というべきかな?
ハーディガーディの6本のキーには番号がついていて、1番とか2番とか書いてある順に押さえるのです。単純明快!
ただ、本体が軽いので右手でホイールを回すとグラグラしますからストラップを付けたほうがいいでしょう。
じつは、この楽器はヒール部分(裏側)にストラップ用の穴がちゃんと空けてあるのです。探してみてください。
ウギャース社(UGEARS社)のサイトにも楽譜と演奏例が掲載されています。
また、1オクターブのハ長調であればたいてい弾けるハズです。手元の楽譜など探してみましょう。
【 ジングル ベルの演奏例 】 演奏:鶴田誠
付属の弦(フロロカーボン / PVA)を弱めの G で調弦して弾いています。
メロディー弦もドローン弦も同じG4/g1 (張力1.9kg)のユニゾン調弦です。
え〜〜〜〜〜、次回は音程の修正について説明したいと思います。
予告編ということで、2本とも羊腸に弦を張り替えてドローン弦はオクターブ下で調弦し、鶴田が演奏した例をここに掲載しておきます。
皆さん、良い新年をお迎えください ♪
【 羊腸弦によるオクターブG調弦:第九 / 喜びの歌 】 演奏:鶴田誠
メロディー弦 G4/g1 (張力1.9kg) Gut 0.66mm
ドローン弦 G3/g (張力0.8kg) Gut 0.88mm
ハンドルにつられて本体が不安定に動くのでヘロヘロなベートーベンになつてしまつた。
小さい楽器なのでホールドするのが課題でもありますな。
■ きしみ音を軽減(潤滑剤) 2018年1月5日追記
追加で書いておきます。組み立ての段階でロウを塗りましたが、不十分であったり塗り忘れていると完成直後からキーキーときしみ音が発生します。多少なら「味」ですのでほっといてもいいのですが、どうしても気になることはあります。また、充分にロウを塗ってあっても楽器を使い続けると、徐々にきしみ音が発生します。
それで、再び分解してロウを塗るわけにはいかないので、私の個人的な発想ですが「錠前潤滑剤」を使ってみました。スプレー式でないと歯車の軸や奥まった部分には塗布できないためです。また、これは乾くとサラサラになるのでオイルまみれになることもありません。
反面、白く粉を吹きます! ですからスプレーするときは可能な限りマスキングしたり吹き付ける方向に注意します。
結果、きしみ音は予想以上に軽減されましたが、くれぐれもかけすぎないように自己責任にてお使いください。メーカーによって成分も異なると思います。ここでは三輪ロック(株)の「スプレー3069L 」を使いました(たまたまウチにあったので)。写真は480ml ですが、もっと小さい容量も売られています。
あと、呉工業(株)の「ドライファストルブ」も似たようなものですがこちらはさほど白くなりません(ふだんMIWAを使い慣れているので今回は3069Lを使ってみました)。塗ってはいけない部分、塗ってもあまり意味が無い部分、というのもあります。基本的にはクランクギアとハンドル軸などに塗ります。
【塗らないほうがいいかも】
・ペグボックスや糸巻きには塗らない
・キーやキーボックスには塗らない
・ブリッジやサドルには塗らない
【塗るなら】
・クランクギアセット
・クランク軸
・ハンドル(ノブ)軸
・内部の装飾歯車
・ホイールの前後の軸
ホイール面に潤滑スプレーがかかってしまうと弦がすべって鳴りにくくなるので、そうなったらいったん紙やすりでホイール摩擦面をサンディングして、松ヤニを塗りなおします。リセットですな。私の人生もリセットできないものかと .... 。不要な部分に掛かってしまった潤滑剤はレモンオイルかオレンジオイルで拭き取れば綺麗になります。白くならない乾性潤滑スプレーがあればいいのですが、他社のものすべてを試していないので、この説明は参考程度に。
なお、キーキー音には効果がありますが、カタカタ音にはあまり効果が無いようです。
■ 目次に戻る