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■ 音程を修正する(タンジェントの位置修正)
さて、実際に音を出してみると弦高の調整や松ヤニの具合で、音量や音色が微妙に変化することがおわかりいただけたと思います。
・サドルを低めにする:ホイールと強く摩擦するので音量が大きくなりますが、反面、ホイールの凹凸を拾うのでギラついた音色になります。
・サドルを高めにする:ホイールと弦は軽く触れ合うので音量はひかえめですが、音色のギラつき感は軽減されます。
そして、今回は「音程」についてお話ししましょう。
曲を弾いてみると「なんだか音程がおかしい?」と感じませんか? 感じなければこのページはスルーしてください。
ウチの工房ではフレットのある撥弦楽器がメインなので、日頃からいろんな種類の楽器を手にしますが、フレッチング(フレットの配置)がおかしく音程の狂った楽器を時々目にします。というより正確なフレッチングの楽器はむしろ少ないです。弦を換えてもフレッチングは変化するので理論どおりにはいきません。
今回私が作ったハーディガーディのキットで音程を確認してみました。音程確認の動画を撮りましたので御覧ください。5番目と6番目がかなりズレているように思います。
【未修正状態で音程を確認する動画】 (ドレミファソラシ と聞こえるべきなのですが ...)
※ ここではG調弦にしています。
※ キーを押し込み過ぎないように弾けばもう少しマシです。
そうなんです。市販されているハーディガーディや製作家の作ったハーディガーディであっても、このタンジェント位置が正しくなくて音程がズレていることがあります(よくあります)。
原因はいくつかあり、カン(感)を頼りに製作している場合、本来羊腸弦の時代に作られた楽器の場合、古典音律で作られている場合、などがあります。
● ここに基本的な考え方の写真(図)を示しておきます。
ハーディガーディはギターやウクレレでいうところのフレットに相当する「ツメ」で音程を決めています。このツメのことをタンジェントといいます。
このキットではキーを押すとその先に付いているタンジェント(ツメ)の右側のカドが弦長を決定して音程が決まります。
開放弦ではこの写真のいちばん左側のナットに相当する板の左面が弦長になります(このキットでは一般のギターのようにナットの右側のヘリではありません)。
ホイールはヴァイオリンの弓に相当し、ナットは(写真からはみ出していますが)弦高調整機構を兼ねており、右側のヘリで弦長が決まります。
音程のズレの原因のひとつは、キーのヘリの位置がズレていることにあります。従って、その位置をなおしてやろうというわけです。
弦長はしっかり測ってみると 256mm です(当初は254mmだと思っていましたが)。
その256mmを鶴田が作ったフレット計算CGIのTSULTRAフレットにかけてみると半音ごとの音程が算出されます。みなさんも確認できるようにPDFで掲載しておきます。
張力の補正も考慮してあります。印刷して右のスケールが原寸250mmで正しいことを確認したうえでハサミを使って切り取り、実際の楽器にあてがってみるといいでしょう。
※ 開放弦の 0 (ゼロ)フレットに相当する位置は弦の穴が開いている板の左面です。
・ハーディガーディのキット弦長の補正図面PDF
ここではわかりやすいようにC(ド)からはじまってドレミファソラシの音階で記しています。Dの調弦やGの調弦などキーが変わっても位置関係は同じです。
各キーのタンジェントはこれらの位置にそれぞれあるべきで、実際にはズレていました。とくに高い音の2本。
それで、この図面に近いように修正タンジェントを作って接着するのです。
【音程の修正方法の解説】
(1)部品板の2番を取り出して細いワク部分を切り出して使います。え?もう捨てちゃった?それなら割り箸でも何でもかまいません。
(2)最初に15cmぐらいの長さで切り出します。カッターだと硬くて何度も切らねばならないのでノコがあったほうが便利です。
その棒の片面をカッターで斜めに削り新幹線を横から見たカタチにします。あとはおおむね10mmか11mmの長さで3つか4つ切り出します。
(3)この修正用タンジェントを以下の写真のように各キーに接着します。木材が接着剤を吸収するので多めの接着剤でしっかり接着します。
今回は1番、5番、6番のキーを修正したので3個使いました。
【注意】接着作業中は本体のサウンドホール(ロゼッタ)に紙などをかぶせておくべきです。修正タンジェントがポロリと落ちて本体内部に入ってしまうと厄介なことになります。
【修正後の音程確認動画】 (おおむね ドレミファソラシ と聞こえるようになりますた ...)
【もちっと深い説明】
ひとつ不思議な事に気付くでしょう。1番キーのタンジェント位置が理論値よりも左にあります。
ここが経験則なのです。1番キーはすぐ左に弦穴の開いたナット板があり、キーを押すと張りが余計に強くなりやすいのです。
トーンジャンプともいいますな。ゼロフレット的な対処でもあります。
● もっと正確に修正したい場合:私は竹串を弦に押し当てながら音を出し、チューナーを見て音程を探りました。このキットのキー(タンジェント)の先端部分を削ってカド位置を調整する方法もあります。
● ここでいう音程の修正とは12平均律を指します。中世のグレゴリオ聖歌がハーディガーディで伴奏されたことなどを考えると、古典調律にタンジェントを揃えるのも面白いでしょう。ちなみに最近のスマホアプリには古典調律のできるチューナーアプリもあります。例えば「楽器チューナー by Plusadd」は平均律のほかにもピタゴラス、中全音律、ヴェルクマイスター、キルンベルガーなどに対応しています。
【音程修正の最終盤】
タンジェントの頭も削って、結局は5カ所の修正を行いました。(2018年1月6日記事追加)
■ キーストロークの深さを制限する
すでに賢明なクレーン読者の皆さんはお気づきかと思いますが、もう一つ修正の余地があります。
キーを押し込み過ぎると音程が高すぎて飛び越えます。これは全てのキーについて起こりえるのですが、キーのゴムが強めであることと、弾き慣れてくれば自分でコントロールできるので、この作業はオプションと考えてもよいでしょう。鶴田は1番キーのみ修正しました。
なお、弦を換えたり、基準音(キー)を変更したりすると張力が変わるので、最適なキーの押し込み量も多少変化します。
(1)2mm x 2mm 程度の小さな角材を準備します。
(2)キーの首の近く(本体側)に接着します。つまり襟(エリ)を高くすることでキーの首が完全に下まで押し込まれないようになるのです。単純ですが効果てきめん!
ここまでやると、かなり音程が正確で弾きやすくなります。
心地良い弦楽器はこういったところまでちゃんと考えてあるのですな。
ちょっと長くなってしまったので弦選びは次回へ。ガット(羊腸)弦を張りましょう!
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