CRANE Home Page / Makoto Tsuruta

工程説明ページ


 0. はじめに

 ひとことにバロックギターといっても時代や国や地域、用途、あるいは当時の注文主によってじつに様々なスタイルの楽器が作られました。1600年代のイタリアとフランスはギター音楽(当時ギターといえばバロックギター)とその製作が栄え、現存する絵画や戯曲などからも当時ポピュラーな楽器の地位を築いていたことがうかがえます。フランスのルイ14世やイギリスのチャールズ2世も夢中になったその楽器はイタリアのセラス、フランスのヴォボアンが双璧をなす偉大な製作家としてよく知られるところです。過去の研究によるとイタリアにはキタッラ・バッテンテのように背中の丸いバロックギターが広く普及し、対するフランスでは現代のようにフラットな裏板のバロックギターが多かったといわれています。しかしながらストラデイバリによるフラットバックのギターやスペインのバロックギター(ビウエラとはまた別)のように広域的に視野を広げて見ると、傾向こそあれ製作家や地域によって楽器の構造や仕様は我々が創造する以上にバラエティに富んでいたものと考えられます。

現在残されている当時のギターはすでに300年以上の年月を経ているにもかかわらず優れた修復によって高い品質のコンディションの楽器も少なくありません。たいていの場合、古い楽器は時代とともに壊れたり修理や改造で原型をとどめないほど手が加えられることも多いのですがバロックギターのなかでとりわけ装飾の凝ったもの(私は宮殿仕様と呼んでいます)は良い状態で残されているものが多いようです。裕福なパトロンや王侯貴族の注文で製作されたギターは多くの場合装飾が凝って美しく、のちの時代でも珍重されてきたため現在でも海外の博物館などに良好な状態で保存されています。

また、Voboamの製作した双子のギターのような珍しいバロックギターも良いコンディションで残されています。対して当時の一般的な仕様の(いわゆるフツ〜の)シンプルなギターはほとんど残っていません。現存するバロックギターは弦長の短縮や5コースから6コース単弦への改造、弦長の短縮、ロゼッタの付け替えや金属フレット装着など........が多くの楽器に見られますので、コピー楽器の製作にあたっては注意が必要です。当時のギターは弦長が690mm程度の長いもの(現代の650mmと比較して)が一般的で調弦も現在の e ではなく一音低い d が普及していました(最高音弦の開放音)。また、地域によっては620mmやさらに長い740mmといったもの、あるいは女性用のギター(540mm?程度)といったものも存在したようです。コピーの楽器を作る場合、写真や図鑑で見るバロックギターにおいてネックのジョイント位置やヘッドのペグ穴改造痕、あるいはボタンの取り付け位置や個数、ブリッジの位置変更などを注意して観察したほうがよいでしょう。さらに厄介なことにバロック時代末期になるとオリジナルの6単弦やフレットを持つバロックギター、5単弦のギターといったものもごくごくレアケースながら実在したようです。典型的なモデルとレアなモデル、そして改造楽器、これらの区別が必要です。

バロックギターの大きな特徴は大きくとらえるならば

・5組の複弦
・革のロゼッタ
(ヴェラムやパーチメント、あるいは果樹薄板積層)
・11フレットジョイント
(ブリッジが下寄り)
・ガットフレット
・厚めの表面板
・薄めの側面板
(裏板)
・ツキ板のネックとヘッド
・基本的にハーフバインディング

革のロゼッタには大別して2種類あり、立体ロゼッタ(といえばわかりやすいかな?)とベニア+革による平面的ロゼッタです。末期において立体ロゼッタを持たず現代のギターと同様のスタイル、つまり丸くくり抜いただけのサウンドホールもありました。内部構造に関しては外見の観察だけでは推測の域を出ませんがフランスやイタリアの一般的なバロックギターは表面板が3mm近くまで厚く側面板や裏板は1.1〜1.4mm程度の薄いものが多かったようです(但しストラデイバリの表面板は例外的に全体が1mm程度で薄い)。ヘッドの構造もフランスとイタリアとでは特徴的な差が見られ、インレイやロゼッタにもそのデザインに趣の違いを見ることができます。

ストラディバリのバロックギターは現代の製作家もよくコピーを作っておられますが、じつは鶴田にとっては、どうせ作るなら「男は黙ってボウルバック!(ラウンドバック)」もしくはフラットバックなら「アレクサンドル・ヴォボアン 命!」なのです(笑)。じゃあ、セラスはどうなのよ? あれもボウルバックじゃない? という声が聞こえてきますが、セラスはラウンドバックもフラットバックも両方製作していたようです。そういえばアメリカのヘリコプターのプロペラ類を設計・製造していた会社でギター愛好家でもあるカマーン氏によってバロックギターをお手本に樹脂ボディ(文字通りボウルバック)を生んだOvation社は世界中でよく知られるところです、私もラリー・コリエル氏にアコガレてアダマスを一時期愛用していました。オベーションのカタログにもバロックギターの音響的構造の優位性は図をもって解説されています。

で、さっそくどれを作ろうかと考えたわけですが、Voboamは資料をもとに図面を描いたものの、細部の構造や材料あるい時代の変化などをまだ完全に把握しきっていないので今回は保留.......(をひをひ)。ボウルバックだとセラスなら図面もいくつか出ているようですがシェイプの好みは今回は譲れないし....というわけであれこれ迷っているうちにG.A.Lのホームページや会報に目を移すとR.E.ブルーネ氏の修復による作者不詳のバロックギター図面が出版されています.....当サイトのリンク集や文献コーナーをご覧あれ。このG.A.Lのバロックギターは表面板のシェイプがどちらかというとフレンチに近く、かつボウルバック(まあ、イタリアンですなぁ、こりゃ)なので今回はコレを作ってみることにしました...ちょっと変わった楽器ではありますが....。このG.A.Lの図面は細部まで修復時のメモが記されており、側面板(リブ)のラインも描かれているのではじめてボウルバックのギターを作るには良いサンプルだと思います。但し、ブリッジなどは交換されていますし、内部も余計な補強がなされていたり過去の修理痕も多いので注意が必要です。参考までに.....G.A.Lの会報のバックナンバーの1989年秋号(Number19)にR.E.ブルーネ氏自らのレストア記事が出ていますので、この解説はひととおり目を通しておいても良いでしょう。

注)G.A.L:アメリカの弦楽器製作者組合で Guild of American Luthiers の略。鶴田も会員です。

 

 

バロックギター製作に関する資料は世界中にも少なく、限られた英語の文献や論文のほかフランス語の書籍があります。しかしたいていの文献はおそらく(いや、間違いなく)現在では絶版でしょう。フランス語の文献はかなり詳しくVoboam一族について書かれています(私は友人に頼んで**万円にて日本語に翻訳してもらいました....かなりのページ数)。あと、英語の論文は古いですが以下のものが参考になります、フォレスター氏による1985年の論文の改訂版です。

・FOMRHI Comm. 825  Peter S. Forrester 17th c. Guitar Woodwork

 

そして、近年の画期的な出版物としてはこれがお薦め!

・James Tyler/Paul Sparks : THE GUITAR AND ITS MUSIC (Oxfor University Press)

 

あと、インターネット上のいくつかのサイトで製作家や博物館のバロックギターを見ることができますし、過去のオークションのカタログや現在入手できる書籍の写真なども参考にしました。もちろん改造や修復が施されているかもしれないことは常に念頭に置いておかねばなりません。

バロックギターではロゼッタ...つまりサウンドホールに付いている皮の立体的な装飾....がその魅力のひとつですが、クリスマスケーキを裏側から見たような、あるいはピサの斜塔のような構造が挙げられます。イタリアとフランスを中心に、この時代のギターやチェンバロに広く用いられた装飾です(平面的にペアウッドなどと積層されたものも多かった)。このロゼッタですが、もしみなさんが希望されるならイタリアのエレナ女史から完成品を購入することも可能(安くて仕上げもエレガント!)ですし、ロゼッタの図面はセラスやヴォボアン図面をイギリスのオリバー氏から購入することができます

Mr.OLIVER WADSWORTH : Pattern for Baroque Guitar Rose

 

私もエレナさんからひとつセラスのロゼッタを買いました。また、オリバーさんからはVoboamのロゼッタと図面も買いましたし、あれこれメールでロゼッタ作りのアドバイスなどもいただきました。今回はそれらの貴重な情報を参考にして自分でロゼッタを作ることを決心したのですが、まずはその材料を手配せねばなりません。その昔バロックギターのロゼッタは薄い皮で作られていましたが、なめした皮にはパーチメントまたはヴェラム(ベルム)などがあります、たいていのものはカナダのR.カバジン氏からホームページにて交渉のうえ輸入することができます(2002年末の時点ではバジン氏は取扱を休止)。R.カバジン氏のホームページは参考になりますし私も楽器作りということでメールしたところ今までそういった問い合わせも多いらしく、あれこれ相談にのってくれましたし端材サンプルも送ってもらいました。本来ならヴェラムのほうが良いらしいですが今回はやや乳白色で透明感のあるパーチメントを使っています。ロゼッタの詳細な製作過程も今回紹介します。

 

あ、そうそう、鶴田みたいにエイゴが苦手で海外とのやりとりはどうも.....という方には最後の手段を紹介しましょう。次の写真がそうですが、バンジョーヘッドです。国内の大手楽器店やバンジョー取扱店であれば海外から取り寄せてもらえますし、日本人向けのオーダーフォームを用意しているStewmac社から入手することも可能です。厚さと固さがいまひとつですから皮用の硬化剤を併用したほうがいいかもしれません。

それにしても便利な世の中になったものです、インターネット偉大ナリ.........当サイトのリンク集をぜひ御利用ください。

さて、お話ばかりではいつまでたっても製作の話にたどりつきませんから、そろそろはじめますか......。

 


  バロックギター製作入門の目次に戻る


 (C) 2001 CRANE / TSULTRA info@crane.gr.jp 


 Back To CRANE Index Page