- My original concept model -
Made by Makoto Tsuruta in 2007.
【写真】
PIC 001 : ヘッドはローズウッド系の突き板でカバー。
PIC 002 : ネックやヒールも突き板で全てカバー。もちろんバーフレット。
PIC 003 : このテのアラベスクはジェンナロでもジョバンニでも使われるポピュラーなもの。
PIC 004 : 裏板と側面板には目の強い貴重なメイプル。もちろん惜しげもなく1ピースバック!
● ナポリタンギター:コピーモデル/ Raffaele Fabricatore 1813年 (2007年5月完成)
昔の楽器を調査・採寸して作るコピーモデルです。自分の主義主張を押し殺して当時のその製作家の作法に従う必要があるのでヒストリカル・コピーとしてきちんと作るにはかなりの体力と精神力を必要とします。そうやって苦労して完成した楽器も一部の専門家のみに評価されるにとどまり、一般的には展示会に出展しても「あら、変わった楽器ねぇ.... 」でオシマイ(笑)。
しかしまぁ時として...
「あら、変わった楽器ねぇ.... でも、ちょっと素敵。ん!? 音もなんだかすごくいいじゃない。」
なんてコトになれば私も救われる思いです。マニアをうならせるのも嬉しいのですが、ごくフツ〜の市民の皆様を魅了して離さない、そんな楽器が作れたら幸せというものです。
さて、オリジナルの楽器はだいぶ昔に入手したもので、1813年にナポリで製作されたラファエロ・ファブリカトーレ。私のWeb論文でも御紹介のとおり。そう、名門ファブリカトーレのジョバンニ爺さんの血を引く直系の息子によるものです。以下の写真でみると結構よさそな状態に見えますがトンデモナイ。現物はいつものようにボロボロに壊れています。ずっとコピーを作ろうと思っていましたが、なかなか機会に恵まれず、コピーはタイヘンなことがわかっているので決心がつかずにいました。
ところが、ある日、電話がかかってきて(私は忙しいのでめったに電話に出ないんだけど)、たまたま出たらひさびさに声をきくT氏です。ナヌ? イタリアンの19世紀ギターが欲しいって? なんて奇特な方でしょう。業界ミーハーな?ラコートじゃないところが気に入った! よし、作りましょう。ファブリカトーレのコピーでいいですよね。仕様と値段はこっちで勝手に決めますんで。納期はなりゆきということでよろしく。それじゃぁ、...... ガチャン!
Lacoteのコピーを作ってくれといわれたら絶対断りますが、ナポリタンは話が別です。だいたい、そんな人は地球上に数えるほどしかいないはずです。ジャイアントパンダかイリオモテヤマネコから電話がかかってきたと思えば手厚く対応せねばなりません。私の場合は生活のために製作しているわけではないので基本的に注文や修理依頼は受けないと繰り返し述べてきましたが、たまにこういったチャンスが巡ってくると俄然、やる気が出ます。売られたケンカは買わにゃならん(←誰もケンカ売ってないってば)。
さて、話は決まって(勝手に決めて)あとは作るだけです。作るだけ、といっても必死です。品質の高い楽器を作らねばなりません。そして依頼主を必要以上に待たせてはいけません。予定の納期は約1年。この楽器については調査し尽くしているので隅々までアタマに入っています。幸いなことにナポリタンに最適な材がストックしてあり、とくに表面板は反応の良いものが1セット待機しています。まさに今回のために使うべき材料です。裏板もブックマッチせずに1ピースで作るには幅の広い材が不可欠です。近年、世界的に木材の供給は困難な状況に向かっており、在庫自体の枯渇や自然保護の問題、加えてユーロの高騰などで良い材が入手しづらくなってきています。我々楽器製作家の仲間が集まると、やれ今度はどの樹種が絶滅危惧種に指定されただの、どこの店が安いだの、という話しでもちきりです。残念なことに海外に直接注文しても以前はAAグレードでも良い材を送ってくれたのですが、最近は2ランクぐらい下ではないか?と思われるものが届きます。私は大量に製作しないのですが、ストックは必要です。木材は買ってすぐに使えず乾燥期間が必要なのでより事態は深刻なのです。今回の楽器は売却したら即木材を買います。
以前、Gio Fabricatore のヒストリカルコピー製作にもあったようにヒール、ネック、ヘッドの全面を突き板で貼らねばなりません。ボディ厚のバランスをとったりアラベスクを美しく切り出すのもたいへんですが、とりわけネックの突き板貼りは困難を極めます。19世紀当時のナポリタンでものちにここが剥がれる例が数多く見られます。合成接着剤ではなくニカワで作業するので濃度や温度に気を遣いながらの作業です。苦労の甲斐あって完成すれば嬉しさもひとしお...... 。
フレットの高さも形状も当時のオリジナルと同じ状態にしてあります。バーフレットはすべて自作で1枚の洋白の板材から手作業で切り出し、圧延、刀取り、厚み調整、研磨まで1本づつ仕上げます。この年はブラギーニャでも同様の作業を行っていますが、考えてみれば修復を含めると毎年フレットを切って作っています。洋白の板はブ厚いので切り出しにはかなり力が必要で1本切ると手は痛くなるし汗だくになるし...... 二度とやるもんか、と思いながら毎年やってます(^_^)
【19世紀ギター:Raffaele & B.G.Fabricatore HistricalCopy Model】
2006年8月製作開始〜2007年5月23日完成 5月31日最終調整ののち焼印
弦長666mm A=440Hz トータル約29.9kg 平均約4.98kg
1弦(e1):キルシュナー社 ガット(羊腸)弦 コート DL2048 0.48 mm 4.5kg
2弦(h):キルシュナー社 ガット(羊腸)弦 コート DL2068 0.68mm 5.1kg
3弦(g):キルシュナー社 ガット(羊腸)弦 プレーン D3085 0.85mm 5.0kg
4弦(d):キルシュナー社 ガット(羊腸)弦 ルクスライン LK 3108 4.5kg
5弦(A):キルシュナー社 VNG 5155 5.3kg
6弦(E):キルシュナー社 VS 5210 5.5kg
【ナイロンやカーボンの場合】
弦長666mm A=440Hz
1弦(e1):ナイロン銀鱗10号 0.52mm 4.5kg
2弦(h):ナイロン銀鱗18号 0.70mm 4.6kg
3弦(g):PVFフロロカーボンシーガーエース18号 4.8kg
総計30kg以下が目安。これを越えると楽器の不具合や調弦困難のほか逆に鳴らなくなることもあります。この楽器もまた基本的に天然素材のみでプラスチックやセルロイド類、アクリル塗料などは一切使っていません。弦もガット(羊腸)弦。接着剤もニカワ。
● 展示会:
この楽器は展示会(THGF2006)で試奏された方には非常に好評でした。鳴りの良さについては音量も音色もナポリタンらしさが出ています。外観は装飾の穏やかなモデルですが、アラベスクもなめらかにカットできましたし、ネックの突き板も縞模様が綺麗に出ています。ほぼ11ヶ月かけて完成しましたが、狙いどおりに完成すると緊張がようやくほぐれて安堵感が沸いてきます。当然かもしれませんが以前のジョバンニ爺さんのギターのコピー楽器と同じ傾向の音がします。私にはイタリアンは相性が良いようです。満足。
工房で独り、深夜にコーヒーを飲みながら試奏するのも至福の時間です。
by Makoto Tsuruta, TOKYO JAPAN.