Historical copy model: Joseph Benedid 1812
LastUpdateMonday, 29-Dec-2014 04:21:14 JST 
(C) 2008 Makoto Tsuruta /
CRANE Home Page


私の製作した楽器:2008年5月完成作品
Made by Makoto Tsuruta in 2008.



【写真】

PIC 001 : 稀少なスパニッシュ・シープレスのボディ。この楽器のキャラクタはこの材が決定すると言って良い。6コース12弦。
PIC 002 : 1〜3コースはユニゾン、4〜6コースはオクターブで調弦が基本。ナイロン弦ではなく羊腸弦。バーフレット。
PIC 003 : 表面板はスプルース、アラベスクは透かし彫り、ブリッジとインレイ(象眼)には真珠母貝/M.O.Pの装飾モデル
PIC 004 : 塗装はセラック。フラッシュ指板にも真珠母貝/M.O.Pのインレイ装飾、ロゼッタは牛骨ドーナツのとりまき
PIC 005 : 専用ハードケースも特注品。今回はエコーポップ製。
PIC 006 : ケースの外観
PIC 007 : 1812年製作のオリジナルを隣に置いて採寸・検証しながら製作したヒストリカル・コピーモデルなのだ。

参考:ちなみに同年に製作された非装飾モデル1812年のギターと比較されたし。
Universidad de Chile, Facultad de Artes [Centro de Musicologia]
http://musicologia.uchile.cl/documentos/2001/guitarra/guita.htm





製作について

今回使った材料はスペイン産のシープレス(糸杉)です。現在はすっかり稀少な材になってしまって、スペイン産は入手困難なためイタリア産が多いようです。ここでは木目も均一でコシのある良質なスペイン産を使います。高価なのでグレードは期待せずに注文したつもりだったのですが、届いた材は思ったよりはるかに品質が良くて驚きました。おそらく販売先の御厚意でしょうか!? ありがたいことだと思います。シープレスは防虫効果も有り、棺桶などにも使われますが独特の香りが特徴です。清涼感豊かで私はとても好きな香りです。皆さんも、展示会などで現物の楽器を見る機会があれば、サウンドホールからクンクンやって香りも楽しんでみてください。





装飾モデルなのでアラベスク(唐草模様)の透かし彫りが必要です。昔の人はこんなにオシャレな楽器を作ったんですね、手間もかかったでしょうに、偉いなぁ.... 。板材を糸鋸で厚めに切り抜いておき、ノミで彫ってピーク/峰を出し、サンディングしながら成形します。楽器を御覧になった方からよく質問されるのですが、たしかに手間と時間がかかり、非常に根気のいる作業です。しかし、私は楽しくてしかたがありません。夜中の工房で独りゲラゲラ笑いながら作業しています(ウソ)。





ネックの材料はセドロ(Cedro)。スペインのギターでは一般的ですね。角材で買って届いた素朴で無表情な角材を見ていると、果たしてこれが楽器になるのであろうかと不安になります。ボディ周囲のビンディングも板材から切り出して1本づつ作ります。寸法や形状が特殊なので、市販のビンディング材をそのまま使えないのもヒストリカルコピーの苦労のひとつです。





シープレスのベンディング行程。幅が広いのでちょっとたいへんですが、時間をかけてあせらず慎重にやれば思ったように曲げることができます。本来こういった内/外型を使わずソレラを使うのがスペイン式の製作方法ですが、正確なシェイプのためには型があれば便利です。




ブリッジもハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)の角材から多くの加工工程を経て仕上げていきます。ヘッドのペグ穴位置、ナットの溝配置、ネックの左右角度、ブリッジの弦穴配置、ブリッジの装飾形状、表面板のインレイ、これらをキッチリ正確に製作せねばなりません。




次は表面板のロゼッタの作業です。イラストレータで作図してプリントアウトしたものを表面板に貼り、ルータやノミで彫り込みます。そこへ獣骨でできたちっちゃいドーナツを埋込みます。え? どうして象牙じゃないのかって? そりゃぁ〜、スペインは闘牛の国ですからねぇ..... 。
展示会などでお会いした方々には話をしましたが、このドーナツをサウンドホールの周囲にゆがみなくキッチリ一周するように敷き詰めるのは至難の業なのです。ドーナツの直径は非常に正確でありながらも(もちろん大和マーク特注品)、円周に対してちょうど完結するように1周せねばなりません。わずかでも溝の直径が狂えばドーナツの直径で完結しないのです。ドーナツを半分に切ったりできませんからね。かといって円周溝にゆとりをもたせるとドーナツの配置は蛇行するのです。円周溝と幅、ドーナツ直径、ライニング材、これらがピッタリでなければなりません。昔の人は偉いと思います。夜中に腕組みをしては、これを見てウンウン、昔の人はすごひ! とひたすら感心するのでありました.... 。





インレイの作業は修復でイヤというほど日常的に行うのですが、当時の質感を再現するのは苦労します。表面板のブリッジ下方にあるインレイはこの楽器の顔でもあります。何度も何度も試作を重ね、ようやくたどりついた成果です。


それでも当時の職人の域にはまだ及びません。なめらかで自然なラインをカットするのは年期がいるのです。試作のうちの最後の一つは額に入れて工房に飾ってあります。くどいようですが昔の人はホントに偉いと思います。行程がひとつ進むたびに私は腕組みをして、新たな発見にウンウン、すごい! すごい! と泣きながら感心するのでありました.... 。



市販のフレットは使えません。このあたりに安易に市販のT型断面フレットを使ってしまうと、一気にインチキ楽器に見えてしまうものです。楽器を良く知る人が見ると、こういった箇所は音にも影響するため製作家の技量を測るバロメータともいえます。私の場合はバーフレットを金切ハサミで切り出すこともありますが、今回は厚いので糸鋸盤を使います。金工用のブレードを使って注油しながら少しづつ切りますが、やはり途中で刃が折れることもあります(以下写真参照)。作業中の音がすごいので耳栓をしながらなるべく夜間を避けて昼間にカットします。





さて、製作過程をかなり抜粋して紹介しているので、もうすでにボディは箱になっています(笑)。次の写真は指板の溝切り作業です。一般のT型断面のフレットであれば、専用のノコやら治具やらが市販されていますが、ここではそんなものは使えません。すべて手作業で幅の厚いノコとガイドを挟んで1箇所づつ切り出します。ノコで位置決めしたあと、バーフレットの幅に合わせてヤスリを使って調整しながら1本づつ接着していきます。そのあと全体をならして先端や両脇の処理を行い、研磨して仕上げていくのです。詳細は省略。





ビンディング接着作業の写真です。もちろんニカワで接着。最近はニカワ用の筆も毛幅や長さの異なるものを数種類を用意し、用途別に使い分けています。よくみると背景にインレイの練習板や塗装途中のバロックリュートがチラリと見えたりなんかして..... 。





他にもペグやヘッド成形、染め作業や塗装やナット調整など様々な工程がありますが、これも長くなるので省略。ホワイトヴァイオリンならぬホワイトギターの完成。 むしろ最後の弦選びは重要です。ニスでコーティングされた耐久性の高い羊腸弦や銅のルクスライン、もしくは銀のルクスラインなどを選択。弦メーカーはもちろんドイツのキルシュナー社製。この楽器の場合は中低音域が深くハーモナイズされ、やや金属っぽい響きが得られます。1812年のオリジナルの楽器と非常に似た鳴り方をしますが、そのことは当然でもあり、不思議でもあり、驚きでもあります。





というわけで、ほぼ1年間を費やしてようやく完成です。
製作期間中、常に1812年のBenedidが見守るなか、およそ200年ぶりの復活であります。







音はどうよ?

こまかい部分を厳しく見ていけば、まだまだ未熟だなぁと思うところもあるのですが、音に関しては非常に満足しており、高いレベルで再現できたと自負しています。セラックの塗装や羊腸弦も手伝ってか、深く張りのある響きでサスティーンも豊か、音量もあって、張力も低く操作感も良好です。むしろ新作ということもあって、200年を経たオリジナルの枯れた音色とはまた違う材の力強さがあります。展示会(THGF2008)の来場者の皆さんだけでなく、工房でも数名の仲間に試奏してもらったところ、予想を超えて好評でした。作業途中で何度か作り直した箇所もあって、今回は慎重すぎるほど慎重に作業を進めたことが効を成したのかもしれません。むしろ、現物楽器の導く構造や良質な材料に助けられた点が大きいのだと感じています。完成してもなお、腕組みしてウンウン、昔の人は偉い、偉い、とひたすら感心する私...... 。

思えば過去に19世紀ギターのコピーはいくつも作りましたが、今回は装飾モデルということもあって、とりわけ難しい楽器でした。そもそもフレンチやイタリアン、ウインナーなどと比べると、スペインは作法がまったく違います。別世界なのです。ピアノとチェンバロぐらい別の楽器です。それゆえ非常に勉強になり、収穫の多いテーマでした。オリジナルの楽器を入手して以来、いつかはコピーを作ろうと思ってはいたのですが、自信が無かったために躊躇して見通しもつきませんでした。しかし、そんな時にこのテーマに着手する決心を与えてくれた宮城県のT氏には心より感謝したいと思います。



by Makoto Tsuruta, TOKYO JAPAN.


  

私の製作した楽器の目次へ戻る


 (C) CRANE Home Page / SINCE 1995 


   Back To CRANE index page