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● ハリオグラス訪問記
このあいだ(2006.3.24)慣れない地下鉄に乗ってハリオグラス本社に行ってきました。ハリオグラスといえば言わずと知れたガラス製品メーカー。私も昔、研究室でさんざんお世話になった試験管のたぐい.... ということで以前クレーンホームページのリンク集にも紹介しましたね。
本社は東京都内の人形町にあり石造りの建物で文化財指定されている歴史的な社屋です。今回の訪問はハリオグラスの取り組んでいるガラスの楽器シリーズにかかわっている関係で技術的なアドバイス?(邪魔してるともいう)に出向いているのです。
ハリオグラス本社で少し楽器の構造の打ち合わせをしたのち、工房で現物を見たほうが早いということで、さっそく移動することになりました。ハリオグラスのガラス楽器の工房は本社から少し離れた別のビルの一角にありました。私が工房に伺ったときには絵付けの先生がまさにガラスのヴァイオリンに彩色中で赤いバラをあしらったデザインをエナメルのような塗料で描いているところでした。そのすぐ隣に開発中のガラスの弦楽器がいくつか置いてあります。
● はい! 耐熱ガラスのチェロです。写真を御覧あれ。 え? 周囲の段ボール箱がエレガントじゃないって? ここは展示場ではないのでやむおえません。開発の現場というのはたいていこうやって修羅場であったりするものです。綺麗に片づいている工房のほうが珍しいのです。工房クレーンはどうかって? ウチは狭いから作業のたびに片付けないと作業できんのです、広い工房になったら一気に散らかるかな? 写真がやや暗いのは適性露出で撮影しようとすると楽器が透けてしまって写らないから(笑)。マニュアル撮影でアンダー傾向にて今回は撮影してます。
このチェロですが、こんなものを「吹きガラス」で作ってしまうんですよ。加熱して解けたガラスを金属のストローみたいなパイプの先端にちょこんと付けて職人さんが風船のごとくふくらませるのです。そのまま吹き続けると港のブイみたいに丸くなってしまうので別途用意した金型に入れて吹きながら成形するというわけです。同社ではガラスのヴァイオリンを世界に先駆けて製作し話題になりましたがそのノウハウがこのチェロにも活かされています。吹きガラスはただですら吹き加減で厚みが変わってしまう難しい技能であり、事実40体ぐらい吹いてみて最終的に使えるボディは1本とか2本。このチェロはものすごくデリケートに扱われていて、無造作に床に置くと底が抜けてしまいます。
楽器をよく観察するとこのガラスのチェロは部位によって15mmぐらいから1mmぐらいまで厚みが様々です。エンドピンのあるボディ下部のエッジはとても薄くて1mm程度。楽器を弾くときも最初にそ〜〜〜っと床に置かないと.... バリッ!と抜けてしまうのだそうです(おそらくそれは経験談と思われます)。ガラスのヴァイオリンですら吹きにくいのにチェロはでっかくて吹くのがたいへんでしょう。さらに同社ではコントラバスにも挑戦予定だそうです(ひゃ〜!)。
ガラスといえばベネチアン・グラスを思い出しますがイタリアでもこのチェロが吹けるガラス職人さんはまだ見つかっていないとのこと(ハリオグラス村上氏談)。
テレビや新聞などにも登場し、最近では催し物のイベント的な演奏も多いといいます。世界にまだ例が無いだけに観衆(聴衆)の目と耳は釘付け。奏者も現役の演奏家でもちろん若手女性演奏家。男性とか御年輩の演奏家だとガラスの繊細なイメージが...... (というのは私の勝手な推測)。
さて、一般のホームページなら記事はここで終わりですが、クレーンで紹介するからには楽器の構造とその製作技術について触れないわけにはいきません、さっそく細部を見てみましょう。次の写真は部位ごとにチェックを書き入れたものです。上から下へ説明しますと.....
・ヘッド:アクリル樹脂を成形してスクロールをつけ、そこに装飾のペイントが施されています。
・糸巻き(ペグ):よく見ると+のトルク調整ネジが付いています。おそらくGOTO製でしょうか。
・ヘッド全体:拡大写真です。ペグはコントラバス用ではないかと思うぐらい大きめのサイズです。
・ネック&指板:どちらもアクリル樹脂製で貼り合わせてあります。このあたりもガラスで作れるのでしょうけれど、とんでもなく重くなるので鳴らすことを考えればやむおえません。飾っておくだけならヘッドもペグも全てのパーツをガラスで作ればよいのです。
・本体支柱:ボディは吹いて作るのでバスバーやライニング材はありません。強度的にはどうか? そこでハリオグラスではこの方式を採用。ガラスヴァイオリン製作で得た実績のある方法だとか。
・魂柱(こんちゅう)&駒:昆虫採集もサドルも木材。チェロでは振動系にはあえて木を使ったようです。
・テールピース:時としてテールピースを黒檀製とした例もあるようです(さきのフジサンケイ社の報道の楽器も黒檀)。
・上ブロック:上ブロックは本体のネックへ突起が出ていて、じつはネックを交換できる仕組みです。デタッチャブルネックなのだ!
・下ブロック:一般のヴィオル族やギター族の下ブロックと違ってリブに密着しておらずむしろ本体支柱の一部。
・エンドピン:エンドピンも脱着が可能。つまりこの楽器では吹きガラス本体以外の全てのパーツが交換できるわけです。仮に本体がガチャ〜ン!と割れてもスペアボディと交換できます。但しこのチェロの価格は開発費が結構かかっていて1600万円だそうですけど.....。
・手書きの彩色模様:同社の発売するガラス食器で採用されているアラベスク調の模様が手描きされています。写真を撮影していて気付いたのですが、この模様が描いてないと演奏中の観客も報道写真も透けてしまって「何を弾いているのかわからない」のです。
※エンドピンの金具やネックのボディジョイント部にはスペーサを挟んで調整できるようになっています。ネックの起き具合(角度)を変えたり駒の高さを変えたりといった調整の余地を残してあるのです。環境の変化で案外弦高なども変わってしまうのだそうです。
私もこのハリオグラス御自慢のガラスのチェロをちょっと弾かせてもらいました(弾くというより触ったという程度)。約11kgという重量はさすがにズッシリ。慣れない手つきで弓を手にしてボウイング777です。思ったより鳴ります。以前兵庫の古楽器製作家の平山氏がクレーン工房にいらしたときに彼の作によるガンバを鳴らしたことがあって「擦弦楽器のなんとパワフルなことか」と思い知ったものですが、このガラスのチェロは木の楽器ほどではありませんが以外に音量があります(公的な演奏ではヴァイオリンもチェロもアンプで増幅されています)。特徴的なのは音全体が硬いことでしょうか。ガラスという比重の高い素材で作った楽器ですから共振点も高く、その音質はユニークにして宿命ともいえます。木のチェロとは別世界です。イコライザで補正すれば面白いかもしれません。ハリオグラス社では現時点では2挺のチェロを保有してコンサートでは必ずその2挺を準備するのだそうです。ガラスのヴァイオリンもそうですが万が一破損したときの保険というか予備機ですね。
他の海外のメーカーではガラスのフルートやピッコロを製造・販売しているわけですが、ハリオグラスではそれと同じコトをやってもしょうがないといいます。独自のものを開発することに意義を感じているのですね。同社の村上氏も言うように利潤追求のプロジェクトではなく技術力の挑戦であるわけです。資金力と理解のあるメーカーでないとできないテーマでしょう。
● ガラスのヴァイオリンも紹介しておきましょう。チェロよりも先に完成し、数々の問題を克服して作られた労作。このヴァイオリンがあったからこそチェロも完成をみたのです。
よそのホームページやブログでも大きな写真で紹介された例がないので細部を知るにはコンサートなどで現物を見せてもらうしかありません。しかし見せてもらっても作ろうなどと思ってはいけません(笑)。吹きガラスをマスターしたとしても金型が高価なんですよねぇ.....。よく見ると本体支柱が螺旋状になってオシャレです。
このほか開発中のいくつかの楽器を見せてもらいました。そのうちのいくつかの弦楽器については当クレーンの工房でもスタッフと打ち合わせしており、今回はひとまず完成した試作機の問題点を洗い出すために訪れたわけです。試作器をよく見るとまだ改良の余地はいくつかありこれらを詰めていくにはしばらく時間がかかりそうですが、いずれは新たなガラス弦楽器がお目見えするでしょう。
● この日、帰路についた私は電車の中でつくづく感じました。考えてもみれば木材で作った楽器というのはとっても贅沢なものなのです。ガラスとアクリル樹脂で作られた楽器を弾いてみて、その音のなんとソリッドなことか....... それは決して悪い印象の音ではなく独特の世界で面白いのですが木製の楽器と比べるとカン高くでまろやかさや音色の豊かさにはどうしても差が出てしまいます。ガラス楽器の独自の世界といえるでしょう。音を出しているとふと、木で作られた弦楽器の音色が私の頭をよぎります。ガラスの弦楽器を弾くことによってはじめて木の弦楽器のことがわかる、といった感じです。私が思ったのはこういったガラスの楽器を目にする機会があれば多くの製作家にその音を聴いて触れて欲しいということです。たんに素材がガラスで珍しいというのではなく木の素晴らしさを考えずにはいられません。自分たちは何を作っているのか? 目標は何なのか? 何が大事なのか? 私たちはどこへ行くのか? 私たちは何なのか? (←ゴーギャン的)..... 深く考えさせられます。自宅最寄りの駅に着いた頃には剃髪して出家しようかと思ったほどです(ウソ)。
自然の恩恵を大事にしなければいけませんね。木材に対する畏敬の念を忘れてはいけません。
いずれまたガラスの弦楽器についてはこの続編として報告します。
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