楽器の損傷と補修

 

19世紀ギターはピリオドの楽器となると100年〜200年を経過していますから割れやキズ・修復の痕跡は当然のごとく生じています。かえって美品だとくすぐったい気もします。のちに数えきれないほど繰り返し修理された楽器もあります。新品のごとく大修理(大改造?)されたギターもあります。ここでは19世紀ギターの入手を考えておられる方のために、とくに多く見られる損傷部分などを紹介します。

 

 チェック項目など

 

 


・ラベルは貼ってなくても製作者名の焼き印をしたものは多く見られます。見えない部分(表面板の裏とか)に刻印がよく見られます。現代のモダンなギターの製作家(ブーシェやロマニロス他)でも内部のバーにひそかな?番号やサインや人の似顔絵などを描いたものが見られます。

・ストラップボタン(エンドピン)は接着されないのが普通(脱着可能)ですので、紛失したり交換されているものもまれに見かけます。弦を留めておくブリッジピンも同様。

・糸巻きの注油ですが、ミシン油はイケません(切削油になっちゃふ)。管楽器(トロンボーンとか)用の粘度の高いグリスをごくたまに少量塗るだけでいいのです(モノにもよりますが注油しないほうがいいものもあります)。

オリジナルの糸巻きかどうかはチェックできればよいのですけど.....まあ、当サイトの写真で多少お役にたてばと思います。

・あと、当時は機械式糸巻きに象牙のグリップと巻き軸(ストリングポスト)を使うことが多かったためにひび割れたものも少なくありませんので要注意です。修理に多少オカネがかかります。象牙の場合はハンコ屋さんか特別な業者経由で入手しなければならないのでちょっと厄介かもしれません。修復できないわけではありません。糸巻きのグリップには骨もよく使われましたが表面の状態が象牙と異なるので容易に判別できます。

・また、パーフリングやビンディング(ボディのふちどりのことね)も象牙または鯨のヒゲがよくみうけられますし、サドル、ナット、フレットにも使われますので傷み具合のチェックが必要です。

・象牙は少なくなってきましたが、修理は可能です。鳴りが悪いなぁと感じたらサドルとフレットを疑ってみても無駄ではありません。フレットが完全に指板に接着(密着)されていなかったりフレットが磨耗してデコボコの状態だと音が詰まるという症状が出ます。フレットは弾弦時に可能な限り指板に隙間なく密着固定されているのが理想とされています。

 

ギターという楽器自体が木とニカワで製作されていますし、しかも絵画のような置物と違って日常的に鳴らして使うものですから修理はやむを得ないとして、問題はどのように修復されたか(修理の手法や処置)という点が重要だと私は思うのです。オリジナルを尊重した修復であることを願っていますが、なかには傷みの激しさのあまり過渡のパッチ(状態によっては仕方ないこともありますが)を貼り、表面板を削り、塗装を厚くして振動を鈍くしてしまう例も見られます。ゼロから製作するよりもレストアのほうがたいへんなのはわかるのですが.....。側面板や裏板のパッチよりも表面板のパッチのほうが音への影響は大きいのかもしれませんが実際に弦を張って鳴らしてチェックしたほうがいいかもしれません。

楽器の状態については多少は妥協しなければならない場合もありますので、場合に応じて考えましょう。たいていの良心的なショップであれば購入時に修理してもらえます。19世紀ギターに詳しい製作家に修復を依頼するのも一案です。古楽器製作家とは専門分野がちょっと違います。

 

 


 修復品が悪いというわけではありません

 

ヴァイオリンの名器と呼ばれるものの多くはバロック期に製作されているためにネックはほとんど交換されているのが普通です。リュートやヴィウエラやバロックギターなども古来から弦数の拡張や改造は珍しくありませんでした。19世紀ギターでも糸巻きとブリッジを加工して弦数を増やし(減らし)たものも存在します。

 

当時はテルツ・ギター(もしくはクヴァルトギター、ニューギターとも呼ぶ)のように短3度、あるいは長3度高く調律するような楽器も作られていました。しかし、のちになって音量拡大のためにこの弦長などを変更してしまう例もあったようです。

補足:ギターは楽譜に記載された音より実音(実際に出る音)は1オクターブ低い、いわば移調楽器です。19世紀当時のテルツ・ギターは現代のギター(モダン・ギター)の3フレットにカポタストをつけたのと同じ高さに相当します。私(鶴田)の推理では当時ギターでリュート曲を演奏(歌の伴奏を含む)したり歌と合わせるための楽器として考案されたのではないかと思っています.....。あと、3度高くすることで明るい音色を狙い、アンサンブルの旋律楽器として活躍したとも考えられます......。

 

 

もし、悪い修復というのがあるとすれば、当時のスタイルとはかけ離れたものに作り替えられてしまったり、誰が見てもミットモナイ外観になってしまったり、著しく音や演奏に影響を及ぼしてしまったものをいうのでしょう。高く売るために塗装をやりなおしたり削ったりというのも感心しません。私の場合は可能な限り部品交換を避け、オリジナル部品の修理で対処しています。

 

 

 


 裏板・側板の修復について 

 

原則:古い楽器を修復する場合はなるべくいじらないことが基本とされます、ここで一句(田中清人氏いわく)。

「最善の修復は何もしないこと」

 

 割れの修復は菱形のパッチ(木片のチップなど)を貼る方法やを貼る方法、あるいは埋木という細い板を埋め込む方法などがよく見られます。塗装に至っては様々で、全てを塗りなおしてしまったものから、ほとんど当時の塗装を残したものまで存在します。きれいな表面板のものこそ疑わしいのです、表面板を薄く削ってきれいに「クリーニング?」してしまう例もよく見かけます。まあこれは、購入希望者が見かけを優先するか、音を優先するかという問題でもあります。もちろん両方良ければいいんですけどオリジナリティは大事にしたいですね。

 

 ラコートは多くのモデルは内部を塗装しなかった(確証はありませんが私の見た多くは) ようなのですが、補修時に裏板・側板を塗装してしまった例はたまに見かけます。

 

 裏・側板についてですが、19世紀ギターの多くのギターは表面板も裏・側板もメイプルが使われていまして、モノによっては松とローズウッドかハカランダの薄い板を重ねて(ツキ板といいます)作られました。これはつまり2層構造ですね。こう聞くと「なんだそれは合板ぢゃないか」と思われるかもしれませんが、じつは当時は手作業で木材を薄く削るというのはじつに手間のかかる仕事であったのです。ですから尊重すべきワザともいえます。2層にすることで強度を増し、割れにくく、音質た響きを改善し、美観もヨロシイと考案されたものでしょう。現代のスチール弦(アコギ)ギターでも製作家によってはこのベニア方式の合わせ板を使っています。

 

 また、19世紀の一時期は松にツキ板を貼った上からさらにハカランダの木目を手書きするといったことも行われていたとのことです。19世紀後半にドイツ(あるいはフランス)で見られた手法らしいのですが....。一見して判別できるものもありますが、見分けるのが困難なものもあります。やたらはっきりとした木目とかを見かけたらじっくり観察してみてください、すごい職人芸?だったりします、アメリカやドイツの古いギターでも私は実物の塗装を見たことがあります......。一方では20世紀に入ってプリント合板を使ったものがあるらしいのですが、オークションなどでごくまれに見たことがあるもののこちらについては私は詳細を存じません。

 

 フレット打ち直しや指板の削り直しなども良く見られます。前記のように昔のフレットは断面が長方形(つまり板)のものが多く見られ、最近のフレットはT字(あるいはキノコ型と呼ばれる)断面のフレットですし材質も異なるので見分けるのはそう難しくありません(第4章を参照)。指板は表面板の補修で取り外す必要がある場合に交換されることがあります。参考までに、モダン・ギターのフレットの場合は全部打ち直しても2万円ぐらいでしょうから目安にしてください(お店やリペア主によってかなり差があります)。19世紀ギターにおいて、指板は必ずしも黒檀ではありません、メイプル指板やペアウッド、ローズ、ハカランダなども広く使われていました。

 

 余談ではありますが、アントニオ・デ・トーレスの贋作(ニセモノ)は世界各地に多く存在するそうです(歴史上の有名人でもあり、投資の対象になるからでしょう)。トーレスは高価なものだと数千万円するそうですから......。しかし19世紀ギターにはニセモノは比較的少ないといえます。マーチンのおかげで有名になった?シュタウファーの製作ギターのうち後期のレニャーニモデルのようなスクロールヘッドを持つギターには贋作もあるようです。つまり投資の対象としては充分な例ですね。

ヴァイオリンでは有名なストラディバリのコピー?が挙げられますが、よくできたストラディバリコピー楽器は800万円ぐらいの値段がつくことがあります。鑑定書の付いたストラディバリのホンモノは2000を超えるといわれていますが実際に製作した数よりかなり多いことになるそうです。贋作とコピーの区別についてはなんとかして調査してまとめられればいいのですが難しいのが現状です......。腕の良い修理や改造は時としてオリジナルを超えることすらあるのです。

 

 


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