● リペアでおじゃる ●
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■ ブリッジが飛んだ日(1800年頃の新撰組ギター)
はい。クレーンホームページの弦楽器修理・修復コーナーです。
今日も頑張って修理します。
本日のテーマはブリッジが飛んじゃった件です。 御覧ください、見事に剥がれて飛んでおります。 ※ 画像クリックで拡大
19世紀ギター ... というより 18世紀ギターと呼ぶほうが良いでしょう。1700年代末期あるいは1800年代ごく初期のフレンチですな。パーフリングとロゼッタは黒檀と象牙のウロコ模様が三角形で交互に二層に組まれた「新撰組」文様です。ワカル人にはワカル、じつに凝った装飾です。黒檀指板とフラッシュフィンガーボード、黒檀突き板のネックとヘッド、象牙のバーフレット、象牙の3点ピン、大きな破損や改造も無くオリジナルの状態を良く保っている貴重な楽器です。博物館でもなかなか見かけないモデル。オリジナルの楽器はやはり良いですな。所有する喜びがあります。
オーナーから最初にメールで連絡を頂いた時点では綺麗にハガレているだろうから、ニカワで再接着してすぐに返却できるであろうと考えていましたが、現物が届いて見てみると、どうやら傷は深い ....
しかしさすがにこのオーナーは古楽器の扱いを御存知で、剥がれた破片もしっかり拾って送って頂きました。おかげで作業の時間が余計にかかることなく作業できます。
● 作業内容
現代の楽器で綺麗に剥がれているのであればそのまま再接着で済むことも多いのですが、古楽器の場合は過去にも剥がれて飛んだ履歴があったりします。どうしてもクセになっゃうんですねコレが。
剥がれた破片をリペアナイフで修正しながらピンセットで元の位置に戻していきますが、この楽器は過去にも数回ブリッジが飛んでおり、平坦な面同士の接着ではありません。
青い矢印の部分は破片の再接着で、どうにか収めました(ニカワで作業)。しかし緑矢印の部分はブリッジに接着されたまま、元の表面板の凹みにフィットさせねばなりません。矢印以外の部分も凹凸があります。
それで、表面板とブリッジを削ってはあてがい、さらに削ってはあてがって、幾度も繰り返しながらピッタリになるまで調整します。
地味に続けてどうにか収まりました。
じつは、以前この楽器は鶴田がブリッジ剥がれを修理しています。弦高調整でブリッジは少し高くしてあるのでサウンドホール方向へのモーメントが強くなります。何よりブリッジ接着面が平坦でなく凹凸面なので、いずれまた剥がれる可能性があることは承知していました。当時は余計な加工や補強は避けたかったのです。
しかし、表面板の強度もそろそろ限界。それで、今回は表面板内部に補強板を入れることにしました。
およそ200年前の楽器ですから内部も御覧のとおり。過去の修理痕があります。
※ この写真を見てお気づきの方もあるかと思いますが、バロックギターの様式に近い構造でサウンドホール上下にバーは有りますがブリッジ周辺にはバーが無いのです。
3枚のクリート(パッチ)が貼られていますが、ブリッジ直下は本来不要。これを剥がしてから補強板を貼ります。
サウンドホールから手を入れてミニカンナでパッチを削り取ります。ここで登場するのが長年愛用している替え刃式のミニカンナ。刃が薄く土台も含めて消耗品ですが、個人的には気に入っていて慣れると使いやすいのです。キミも替え刃式を買えば?
表面板は薄くて弾力が有り、少し押しただけでぐにゃりとへこみます。押しすぎると割れますから、右手で表面板を適度に上から押しながら左手のカンナを動かして削ります。ブリッジピンのピン穴に刃が見えているので、おおむねの状態がわかります。あとは削ってはカメラで撮って状態を確認しながら微調整します。
補強板はモダンな楽器であれば比重の高めを選びますが、このタイプの楽器ではメイプルやシカモア、時にアップルやライムなどを使います。今回は硬めのメイプルを選びました。柾目ではなく板目で使います。
ニカワで接着しますが、位置決めを素早く決めるために目印の線を引いておきます。両面テープで指先にちょこんと乗せて、何回か練習します。
ニカワはすぐに表面が乾いてしまうのでモタモタしていると位置がズレたり半乾きで接着されて剥がれやすくなります。
この楽器ではダメージ分布を考慮して補強板は少し傾けて接着します。
ピン穴周囲はしっかりクランプしますが板の4辺周囲はラフに若干のスキマができるように接着するのがコツです。理由はわかりますね?
モダンなアコギのブリッジプレートとは目的が違うのです。
ここでは6本の弦を確実に留めて直接トップに負荷がかかってブリッジを飛ばさないのが目的です。
ただ、効果としてはモダンなアコースティックギターと共通する点もあります。
19世紀ギターではよく発生するブリッジの剥がれですが、補強板をピッタリスキマ無く貼ると楽器が鳴らなくなることもあります。逆に鳴りが良くなることもあります。ブリッジからの弦の振動を表面板に伝える構造なので補強して動きが硬くなる効果が考えられますが、同時にバーの一種として作用することも事実です。これはやってみないとわかりません。
接着完了後に弦を張って弾いてみて、鳴らない方向へ少しでも効果が見られた場合は補強板を薄く削ります。ミニカンナでサウンドホールから手を入れて削るんですね。しかし、今回はむしろ良く鳴る方向に感じたのでこのまま手を付けずにおきました。明瞭感が若干増した感があります。
クランプを解いて接着の状態を確認します。今回もしっかりできています。ルーターを使ってピン穴を開けていきます。ブリッジピンは必ずしも垂直に穿孔されていないので(当時のものはたいてい傾いている)ピン軸の傾きに合わせて穿孔する必要があります。
ふぅ ... ようやくブリッジを接着できます。
ここも膠で作業します。ベンディングアイロンでブリッジを温めておいて、素早く位置決めしてクランプを掛けます。
ブリッジ接着用のクランプは楽器によってリーチの長さ(懐の長さ)が異なるので、ウチの工房では数種類の長さの異なるクランプセットを用意しています。
モダンな楽器と違って古楽器ではSSTも幅広く準備せねばならず、余計な費用がかかりますな。
● 仕上げと調整
翌日にクランプを解いてガット(羊腸)弦を張り、試奏して細部のチェックと調整です。
ブリッジピンは1本無くなっていました。ブリッジが飛んだときにピンも飛んでいったのでしょう。こんなときに工房のストックが役に立ちます。象牙で貝ドット付きのピン(19世紀初頭のもの)を追加しておきました。当時のピンは頭が平たくて低いのですよ(写真では1コース)。マーチンなどに使える現代のコピーのブリッジピンはくびれが一段付いていて頭もふくらんでいるので背が高いのです。象牙製の高額なピンがアコギのリプレイス用に売られていますが、必ずしもヒストリカルな形状では無いのですよ。このあたりの違いに気付いている人は少ない .... 。
かといって当時のピンは現存数も限られており、入手困難。難しものですな。
ちなみにピンのテーパーも現代と当時のものとでは異なります。ウチの工房ではテーパの違うリーマをいくつも用意してピンに合った穴を彫ります。
この楽器、ボディのシェイプが美しく鳴りも良い。当時の工房の高い技術とセンスが覗えます。
探してもなかなか無いんですよ。こういったオリジナルの楽器。
文化遺産を所有する喜び。オーナーの特権ですな ... 。