● リペアでおじゃる ●
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■ ヴァイオリンの弓の反り修正
はい。クレーンホームページの弦楽器修理・修復コーナーです。備忘録のようなものですけど。
今回は木材の曲げ作業のひとつ、バイオリンの弓の反りの修正といいますか、矯正です。 ※ 以下、画像クリックで拡大
10数年前、テーブルヴァイオリン(Table Violin)の修理と調整をやっていた頃に弓をいくつか買いまして。
もちろん楽器が19世紀なので弓も真新しいものは似合わない。
それならと、ヨーロッパのヴァイオリンブローカーからまとめて20本ほど古い弓を購入したワケですよ。
もちろん壊れているものもあれば健全なものも有りで、ごちゃまぜ。
直せるものはなおして使えるようにしたのですが、数が多くて残りは工房の倉庫に放置 ...あ、いや、厳重に保管しておいたのです。
久しぶりに発掘。そのなかに反りが戻っしまっている弓が1本ありまして、毛をゆるめた状態で竿と毛との間隔が広め。
本来なら毛が竿に触れるかどうか、ぐらいに近いのが一般的ですから明らかに広い。
実際に張ってみるとコシが弱いというか、柔らかい感触。
このまま弾くと余計な力が必要で疲れます ... 。
● 作業内容
作業は至って単純。ベンディングアイロンで曲げて反りを追加するだけです。
但し、ギターのリブ材(側面板)と違って太い / 厚い ので充分に熱をまわさないと折れます。ピシッ!とね。
折れた弓は復元不可能。見かけ上は直せますが完全に元の調子には戻りません。しなりが変わります。
ギターのリブは種類によっては厚みが 2mm を超えることもあります。幅も8cmあるので曲げるのはたいへんです。
一般的なヴァイオリンの弓の太さは、ざっくりいえばフルサイズ(4/4)の場合、
グリップ側が 約9mm、 竿の中央あたりが約8mmm、先端部は約6mm
弓の長さは 74cm前後。重さは約60g前後。が一般的。
今回は中央とその先あたりを広範囲(約25cm)に曲げますから、おおむね厚みは 7mm 前後のベンディング作業です。
■ 曲げるときの注意と工夫
基本は乾いた状態で力を加えない。かならず湿った状態でなおかつ高温にして加圧します。
わかりやすくいえば「高温多湿」の状態でないと曲げてはイケナイということです。
まぁ、ベンディングは木工をやっている人にとっては基本技術のひとつなので、しっかり身につけておけばなにかと役にたちます。
製作記事でも書きましたが木材を局所的にアイロンにあてると割れやすく、なるべく材の広範囲を加熱するほうが割れにくいです。
そこで、ギターのリブでは金属パネルをかぶせて曲げたりするように、バイオリンの弓では布か紙で包んで加熱します。
(といっても誰かに教わったわけではなくあれこれ曲げてみた私の独学によるものです)
メリヤス生地のような薄い木綿布もしくはフカフカのキッチンペーパーを使います。
・布は水分が乾きにくいけれど、わりと剥がしやすい。
・キッチンペーパーは乾きやすく曲げやすいけど、剥がしにくい
今回はフカフカのキッチンペーパーを使います。
フロッグを外して噴霧器で水を加えながら幅約27cmを3層程度に巻きます。余りは切除。
竿の断面でいえば上下左右の4面を回転させつつ充分に加湿・加熱します。熱くなるので手袋着用。
最初は曲げの力を入れてはいけません。左右広範囲に温めるだけ。
巻いた紙の表面が乾いてきたら噴霧器で水を加えて加湿します。しばらくこれを続けます。
加熱していくと塗装が溶けます(あとで再塗装します)。
今回は古い時代特有のオイルニスの臭いがします。この個体は少なくとも50年以上前の製造でしょう。70年ぐらい前かも。
指先で触れてアチッ!となったら、加熱と加水を続けながら、徐々に曲げの力を加えていきます。
高温多湿のときに木材が曲がり、高温であっても水分が飛んだら曲げは止まる。と考えると作業しやすいです。
決して乾いた状態で力を加えてはイカン!のです。
冷めるに従って反りは少し戻ります。
従って、私の場合は若干強めの反りになるように曲げて、冷めたら目標値になるようにしています。
ギターのリブではボディの型枠にはめ込んで冷ますこともあります。
弓でも型枠もしくは冷まし固定用治具を作れば応用できますが、反りは個体差があるので工夫が必要でしょう。
冷めたら紙を剥がします。
のんびり慎重にやっているので約1時間かかり、曲げと反り調整の作業を終えました。
ちなみに曲げるのはたいへんですが、曲がりすぎを戻すのは比較的容易です(もちろん高温多湿で作業します)。
これは丸弓ですから前後にゴシゴシやると偏摩耗するので螺線状にヤスリがけします。
対して、角弓なら前後の直線運動のみでヤスリがけですな。
フロッグとスクリューにサビが出ていたので落として注油して調整。
グリップの革や糸も必要に応じて交換。
スペアの革やクジラのヒゲ(イミテーションではなく本物)も古楽器修理用にストックしてありますが、今回はこのまま。
刻印有り:CZECHOSLOVAKIA チェコスロバキア製
オイルニスで部分再塗装して、ざっと完成。
偶然にもチェコのビールが手元にあったので記念撮影。
ウチは弦楽器工房といってもフレット楽器がメインであります。
フレットの無い楽器は専門ではありません。例えばバイオリンやチェロのようなフィドル / ヴァイオリン のたぐい。扱うことは稀です。
ビオラ・ダ・ガンバはフレットがあるじゃないかと言われそうですが、どちらかといえば構造的にバイオリン族に近いのでこれも専門外。
リュートやウードはガンバみたいにフレットが無くてガットフレットを巻いてあるだけじゃないか、とも言われそうですが、
それらはフレット楽器でありまして、ギターやウクレレやマンドリンやブズーキなども含めてウチの担当分野ですな。