● リペアでおじゃる ●
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■ ハープリュートの調整(チューニングピンのインストール)
先日、ちょっと珍しい楽器を調整する機会がありました。ひとり稀少楽器復刻普及委員会としては、ぜひとも皆さんにご紹介したくここに掲載しておきまする。
今回の楽器はハープリュート / HarpLute です。各写真をクリックすれば大きな画像を表示します。
● 18世紀から19世紀のロンドン
18世紀後期のイギリス(主にロンドン)ではイングリッシュギター / Guittar が大流行したことは過去記事でも述べておりますが、ボディはティアドロップ(玉ねぎ型)で金属の複弦を持つシターンの仲間でしたな。
その一方で竪琴(ハープ)のスタイルに指板の付いた弦楽器が登場するのです。
竪琴風で1800年頃といえばフランスやイタリアにおいてはリラギター / LYRE Guitar というのがありました。ボディはバンザイした琴のシェイプでフラットバック(裏板が平たい)。ウチのCRANE工房でも修復したことがありました。
しかし、英国で登場した竪琴風楽器のハープリュートとその仲間はボディは平たくなくてセミボウルバックなんですね、これが。
【ハープリュート】
1700年代の終わりごろ、英国ではひょうたん型のくびれたボディ形状とは別に底の丸い竪琴風のエプロン型のシェイプが登場しました。金属弦ではなく羊腸の単弦で多弦化しつつ調弦も「イングリッシュギター」+「ダイアトニックの開放低音弦」。つまり指板とフレットのある高音側はドミソドミソみたいになっていて、低音側/盤外弦はドレミファソ ... と半音を含まない開放の調弦です。6単弦のハープギター/ HarpGuitar もありましたが11単弦(ブキンガー系)のほか標準的には12単弦(ライト系)や14単弦(ウィートストーン系)、なかには20単弦を越えるデイタルハープなども開発されました。弦が増えたこともあってハープのような立派な支柱を持ち、色のついた弦もまたハープ風。ボディはギターのようなフラットバックではなくセミボウルバックです(リュートのように丸くはないがリブを寄せ並べて接着してある)。独特なのでむしろアポロバックと呼ぶべきでしょうかね。フラットバックのほうが製造は容易でコストも抑えられるのにあえて手間のかかる構造にしたのは音色を重視したためです(鶴田はそう確信しています)。
弦の数や楽器の構造(種類)ごとに流派が形成され、教則本や曲集も区別されていました。基準ピッチや奏法や調弦もそれぞれの流派で異なることもありました。ハープリュートは装飾においても特徴的で、木目をいかす透明ニスよりも顔料を含む塗装法が支配的。全体が黒漆や生漆を思わせるものが多く、そこに金泥/金箔の彫塑風ロゼッタやヘッドという、現代人からみると かなりデコラティブなスタイルです。当時の御婦人方の嗜好や流行が反映されたものと思われます。見ようによってはジャポニスムを感じますな。駆け足解説ここまで。
● 作業内容
楽器はロンドンのライト社の12単弦。ハープと同じようにチューニングピンで調弦する楽器ですが、なにしろ200年ほど経過しているのでキー(レンチ)を掛ける頭が摩耗変形しています。御覧のとおりほとんどすべてが痛んでいます。また、ピンの巻軸部分もヘッドの穴の摩耗・拡張のために前進しており、加えて穴のテーパーも狂っているため調弦に苦労します。
現代のスチール製チューニングピンで代用することも可能ではあります(ダルシマーやハープ用、チェンバロ用などが市販されています)。
しかし、この依頼主/オーナーはエライ! 工場に交渉して当時のものに限りなく近いレプリカを作ってもらったとのこと。
しかも真鍮製。素晴らしい! もう泣きそう。作ってくれる工場を探すのはたいへんなのですよ。しかも高額になりますからね。
写真に写っている上のピンが1800年頃のオリジナル。その下が今回製造のレプリカ。下の青いのが現代市販のチェンバロ用です。
早速作業開始。まずは ... バリ取りです。
おおむね工場で切削して各部を面取りしてありますが、指で触れてみると弦穴まわりにバリが有ります。弦を巻き留めるときにケガをしないようにヤスリでなめらかにしておきます。12コースの楽器なので12本それぞれ表と裏を研磨します。
次にチューニングピンの巻軸部分のテーパを測ります。
代表的なテーパとして 15:1 とか 20:1 とか 30:1 などありますが、当時はそれらの中間やその工場独自のリーマもありました。最も近いペグシェーパにあてがい、あとは複数のリーマを使って微調整します。
元のチューニングピンを抜いてリーマでテーパをつけて新しいチューニングピンを挿していきます。
12本すべてを一気に掘ると危ないので、1カ所づつ作業します。8コースから12コースまでは高さを変えなければならんのです。
ちなみにナットの上に見える斜めの棒(マイナス・スクリューでネジ留めされている)がテンショナーです。
低音弦のいくつかに「半音キー」が付いています。レンズを抜いた虫眼鏡のような形状で、これをクルッと回せば調弦が半音上がるしくみ。ハープのフック、レバー、ペダルといった半音機構と同じですな。古来のハープに半音機構は付いていなかったのでしょうけれど、より複雑高度な楽曲に対応すべく考案されたのでしょう。
ガイドピンはこの半音キーが作用したときの各弦長に合わせた半音分の距離で打ってあります。まぁ、この手の楽器において言えばベース音で半音を使う機会は少ないので必須の機能ではありませんが。
弦を張ってテンションをかけてみます。滑ったり緩むのは良く無いのですが、硬すぎても使いづらいものです。
摩擦部分なので巻軸の太さにも左右されます。ヴァイオリン用のコンポジットやピラミッド社のペグワックスのほか、石鹸やチョークや鉛筆の芯など選択肢はありますが、今回は松ヤニをメインで使います。染め物で使う透明度の高い松脂です。そう!以前にハーディガーディのキット特集で紹介したヤツですな。
ペグ穴に挿して回して、抜いてまた塗って、と金属に塗るというよりはペグ穴内部の木地になじませるように具合を見ながら作業します。
はい。12本すべて調整できました。ガイドピンに合わせて微妙に高さを変えてあります。
この楽器が新品として完成された当時もブラスの金色の輝きがあって、このような色味であったのでしょう。
● 弦について
というわけで楽器が仕上がって、依頼主に音出しと調弦具合の確認をしてもらいました。
音量も豊かで音色がとても心地良い楽器です。ボディ共鳴部が大きめに作ってあるので同じサイズのハープよりも効率良く鳴るのかもしれません。
重厚な姿とは裏腹に全体の重量はたいへん軽いです。ざっと握った感触では 1.3kgぐらいでしょうか。
この機会に使用弦についても書いておきます。いちいち弦長を変えた指板構造から考えても効率良く鳴らすために太めのゲージになっているはずです。
おおむね 3kg ぐらいだろうなぁと思って、例のキルシュナー社の弦計算尺で測ってみたらホントにそうでした。以下を御覧あれ。
弦の色はハープに準拠(ド:赤 ファ:青or黒)。
※ ラ:緑色は依頼主のアイディアによるもの
【ハープリュートの弦】 1800年頃 London A=440Hz 弦長はそれぞれ記載 全てガット弦(羊腸)
(1) ド c2 34cm 0.54mm 3.8kg 赤色
(2) ソ g1 36cm 0.64mm 3.3kg
(3) ミ e1 36cm 0.73mm 3.1kg
(4) ド c1 36cm 0.88mm 2.8kg 赤色
(5) シ b 36cm 1.04mm 3.5kg(6) ラ a 38cm 1.08mm 3.4kg 緑色
(7) ソ g 38cm 1.24mm 3.5kg(8) ファ f 56cm 0.88mm 3.0kg 青色または黒色
(9) ミ e 60cm 0.88mm 3.0kg
(10) レ d 62cm 0.94mm 3.0kg
(11) ド c 63.5cm 1.04mm 3.0kg 赤色
(12) ソ G 64cm VD2136 3.9kg ※ 当時もハープリュートの最低音は巻弦だそうです
今まで存在を知ってはいたものの、本格的にとりくむ機会の無かった楽器ですが各部を観察すると非常に良く考えて作られた楽器であることがわかります。
開放弦だけでもなんとなく楽しめるので初心者に敷居が低く、上達したら様々なアンサンブルや高度なソロも可能。
18世紀末から19世紀初頭のロンドンでは弦楽器界のガラパゴスのごとく独自の進化を遂げていたのですな ... 。
近年、ハープリュートはロンドン在住の竹内太郎さんによって研究され、日本でもコンサートやワークショップ等が開催されていますので、興味のある方は竹内太郎さんのサイトを御覧あれ。