■ ウィーン・スタイル (Ca.1850) 修理完了
・というわけでなんだかんだいいながらひとまず終わりにしまして作業後の写真と作業前の写真を掲載しておきます。
リペア前の「全体像」はこんなでした。おなじくリペア前の「裏面」はこんなぐあいでした。ブリッジのサドル部分は一度作り直してみたものの強度的に問題があると判断し、再度サドルを当初の針金タイプに戻しています。もともとホコリと汚れと数限りない亀裂やトラブルだらけのギターでしたので修理を終えてだいぶ印象が変わったように思えます。このギター、正面の写真でも確認できるかもしれませんがヘッドやボディが微妙に傾きを持っています、ボデイ下部(ロアブーツ)の左右の厚さが異なります。大きく割れて目立っていた裏板の亀裂箇所は閉じたあとはだいぶ目立たなくなりました。
じつはこのギターには当時のオリジナルとされる布ケースに入った状態で入手しました。これも手洗いにて汚れを落とし 御覧のとおり。シミの落ちない箇所が一カ所....。当時ギターの格納手段としては紙ケースや皮ケース、そして木製のいわゆるコフィン(棺桶)ケース、そのほか現代のシェルケースも木製で存在しました。現代でもコフィンケースは輸入楽器の19世紀ギターに付属することがありますし、まれに国内の楽器店でも19世紀ギターとセットで販売されることもあります。しかし、当時の布のケースは現存するものはおそらくわずかでしょう。当時からケースにもグレードがいくつもあって現代と変わらないぐらいバラエティに富んだケース環境であったことがうかがえます。なお、この布ケース(というより正確には布袋かな)には赤い木綿糸で刺繍がなされており、ほころびも見られず一部のシミと穴を考えても比較的状態の良い部類といえるでしょう。資料として貴重です。
表面板はとにかく汚れがひどかったのですがアルコールとタンポで丁寧に汚れを拭き取り、セラックの色を調整したのでだいぶ明るい印象になりました。当時はこんな感じだったのでしょうかね? ちなみにこれが修理前の状態 です。
指板近辺(両脇)の亀裂もしっかりふさいでおきました。こちらが修理前の状態 です。こまかい傷のいくつかはそのままにしてあります。深いスリ傷は削ってきれいにすることも可能ですが、やたらいじらずに手を付けずにおきます。ついつい作業に熱中して深く削ってしまわないように用心しながらの作業。全体的に非常に傷みが多い楽器でした..........。
ロア・ブーツとブリッジ周辺です。こちらが修理前の状態 です。このあたりも手こずった箇所が多く、深い傷の汚れで染まった亀裂と過去の修理の痕跡のリカバーに苦労しました。もう少し傷は目立たなくできますがやはりここでも深追いしない程度にとどめておきました。
ブリッジはほとんど剥がれて欠けていましたがなんとか試行錯誤の末に復活....。こちらが修理前の状態 です。そしてこちらがブリッジ周辺の汚れの状態 です。どうしても多少の色斑が出ますね。
数カ所の裏板の亀裂箇所です。こちらが修理前の状態 です。この楽器は照明の角度によってはトラ杢がひきたって見えますが。まあ、ギターを弾いているときには聴衆に裏板は見えませんけど........。
側面板も表面板と同様に汚れやシミや小傷が多かったです。こちらが修理前の状態 です。こちらは角度を変えて撮影したものです。裏板の下部も過去の修理と塗装 がテキトーだったために修理後はだいぶ印象が変わりました。次の写真が修理完了後。
ヒール部分とネックブロック周辺の亀裂........こちらが修理前の状態 です。汚れだらけですなぁ....。大きな亀裂を数カ所にわたってふさぎましたが多少のデコボコ感が残っています。つまり、その昔割れた状態のままで放置されて乾燥が進み、木材が少しうねった状態になっていたようです。写真ではちょっとわかりづらいかもしれませんが現物のボディは微妙なゆがみを生じていますがここまで収束したのはむしろ幸運でしょう。
ふぅ.... 完了です。
備 考:
弦長:645mm
表面板:スプルース(ぬわんと3ピース!)
側面板:メイプル
裏板:メイプル1枚板
ラベル:リペアラベル(Eduard Heidegger:おそらく19世紀末の修理)
重量:810g(19世紀ギターのなかでもだいぶ軽い部類)
● 弦のセット
弦の選択です。あれこれ張ってみたのですがやはり弦の固定穴とサドルの仰角がだいぶ大きいのでテンションは高くなる傾向があります。モダンギター用の弦はライトテンションのような張力の低いものであってもこのギターには張ることは不可能です。ここは古楽器用の弦をテンション計算したうえであれこれ張って弾いてみて最終的には次のように落ち着きました。あとは曲の好みやその日の気分で若干入れ換えてみるとまた音色や反応も違っておもしろいというわけです。
1弦:シーガーグランドマックス 10号
2弦:シーガーエース 14号
3弦:シーガーエース 20号
4弦:キルシュナー VN5124
5弦:キルシュナー VN5165
6弦:キルシュナー VN5220
● 音はどうか?
軽やかですよ、コレは。19世紀ギターってのはようするにこういう音ですよ。弦高は低くゲージも細く音色はリュート(あるいはバロックギター)の単弦のように響きます。軽快ですが透明感があってローポジションのコードも非常に分離が良いです。低音は力強さがいまひとつですが歯切れが良く、どんよりしてはいません。ちょっと個性が強いかもしれません。フレットは摩耗気味なので打ち変えたほうがいいかもしれませんがひとまずこのままでも弾けます。ナット位置の弦相互の間隔は狭いですが、ブリッジ側の弦の間隔は広いので弾きやすいです。音量は弦にもよりますがもう少しテンションを上げればややパワフルに鳴るかもしれません、このへんは弾きやすさのぐあいも見ながら調整.....微妙です。
このギターはすでに実寸の図面も描いてありますが、まだイラストレータのベジェ化が終わっていませんので図面配布はもう少し後になるかもしれません。但し、このコーナーで紹介している写真と寸法、及び内部の写真を参考にすれば図面を起こしてコピーモデルのギターは作れるかもしれませんね。
備考:後日PDFにて図面のコーナーに掲載しておきました。ダウンロードしてお使いいただけます。
ウィーンスタイル、あるいはシュタウファー・スタイルの19世紀ギターは何本か所有したことはありますがいずれも個性的な異なる音色を持っていました。シュタウファーといえばレニャーニモデルで、ヘッドはカールしたストラトタイプの機械式糸巻きが広く知られていますが当時は8の字型や木ペグのカール付きヘッドも多く作られていました。特徴的なボディのシェイプにあこがれる人も少なくないでしょう。当時のC.F.Martinがウットリしたのもわかるような気がします。