■ ウィーン・スタイル 修理作業過程
【裏板】
まずは裏板の大きな割れからなおしていくことにします。はじめに水で濡らしたタオルで古いニカワや汚れを拭き去ります。そして縦に大きく割れた中央部分から接着していきます。裏板は平坦ではなくかなりきつめにアーチがかかっているため直線的に接着できないわけです、従って一発で「はい接着オシマイ」というわけにはいきません。このアーチのため接着作業は約5cmぐらいを作業の一単位として、乾かしては次の部分、といったぐあいに徐々に接着部位を延長していきます。作業はシールでマークしながら 行いますが気の長い作業で何日もかかります(そのあいだ他の箇所を修理しますけど)。数多い割れの断面には過去に接着した痕跡はなく、あえていえばホコリでやや黒ずんでいるぐらいです。 板の端部にいくほど割れは大きくなり、クランプをかけられない形状なので接着には苦労しました。あれこれ工夫してなんとか全域を終えて はみ出した接着剤を除去します。ここでむやみに亀裂を切ってスリップを入れると、のちの修理が厄介になるので、むやみに切らないことにします。
次にクリート(パッチ)で補強を行います。これがないほうが見た目にはキレイですし、音響的にも貼らないにこしたことはないのです。割れたらまた接着すればいいのです。しかし、なるべくそのスパンを長くとりたい場合や、亀裂幅が広い場合にパッチを貼ります。今回は木目のストレートな メイプル を6角形の亀甲型に切り出してパッチとしています。すべての亀裂箇所(何カ所あるか数える気にもなれないぐらい)の接着・補強作業を終えたところです、まだ塗装や細部の修正は行いません。
剥がして洗浄し、充分乾燥させておいたそれぞれのバーをクランプを使ってしっかり接着していきます。なにしろ裏板はかなりうねりを持っていて素直にフィットしないため、バーの接着面をわずかに削ってピッタリに合わせながらの作業となります。接着はニカワを使うので非常に強固です。将来的な再修理にも有利。
【表面板】
今度は表面板です。まずサウンドホール下のでっかいパッチを剥がします。この箇所はあとで埋め木を使って亀裂に沿った修理を行います。今回はオープン修理ですからじっくり表面板とつきあうことが可能です。ふだんはミラーと手探りで神経をすり減らしながら亀裂に合わせて埋め木を挿していきますが、次の写真のように亀裂部分を今回は V字型のカットを施し、三角形の埋め木で処理することにします。ここはネックから指板高音部にかけて非常に割れが発生しやすい箇所であるため(古いギターは過剰なテンションの弦でここが割れているものが多い)接着面積をかせぎ、強度を増すためのアイディアです。ノミかデザインナイフでうねりのないストレートなカットを行い、埋め木は三角形断面のピークが表側にはみ出すぐらいに接着します。接着箇所はあて木をしてクランプをかませて完璧に固定します。そうすれば表面板の表側から見たときに0.1mm程度のわずかな亀裂のギャップであっても完全に仕上げることが可能となるわけです。この方法はどこかの本に載っていたわけではなく私が試行錯誤的に行ってみたものですが、もしかしたら過去にこういったことに気付いて試していたリペアマンはいたのかもしれません。強度的には一般的な埋め木と比較してどれくらい差があるのか計ってみないとわかりませんが亀裂をピッタリ塞ぐことができるので美観を考えると効果的な方法かもしれません。
指板高音部のちょうど反対側も同じように大きな亀裂がありますがもっと複雑な割れ方なので(見た目にはそうでもなさそうだけど指板に接着されたまま表面板断面は内部で斜めによじれて割れている)三角埋め木は使えず、従来の埋め木といくつか特別なブロック細材を加工して対処しました。指板の反りを修正する作業も兼ねてクランプをかけて固定します。よじれたこの亀裂箇所は変形V字型(なんだかアタック・ナンバーワンの新技のようなネーミング)の埋め木によって表側から覆うように対処しました。あとでフレットの高さを摺り合わせによって整えます。
というわけで、表面板には割れの箇所が約10箇所ありますが、すべてをこの三角埋め木で処理するのではなく、状況に応じて従来の方法と使い分けています。さきほどのサウンドホール下の大きなパッチのあった箇所の修理、あるいはブリッジ周辺の亀裂は従来の方法もしくはアレンジした方法によって修理しています。サウンドホールは製作された当初においてインレイの切り込みが深すぎたようで、その弧に沿って細いパッチ をあてて補強します。以下の写真が作業中の様子....それにしてもこの段階では、かなりばっちいですなぁ....。
表面板の下部のエンドブロックもだいぶくたびれてハガレかけていたのでこれもニカワで元通り。ついでに側面板の打痕箇所も補強材のメイプルパッチ(ベンディングアイロンでまえもってRを揃えて曲げておく)で補修します。クランプをかけて接着剤が乾けば......はい、御覧のとおりピッタリ隙間無く補修完了。おっと、パーフリングにこびりついた汚れもスクレーパ(サンドペーパ)で軽く剥がしておきましょう。
パッチは隙間があると湿気を吸って長持ちしないので横着をせずしっかり密着させるというのが鶴田理論でありまして、平坦な部分でも可能な限りクランプをかけます、側面板ではRを揃えます。以下に表面板とその周辺箇所の修理箇所を示します。あれこれ手法を変えながら工夫してかなり時間がかかるのですが、作業している本人は楽しんでいるので修理が夜間に及んでもつらいとは思ってないのが不思議なところです(笑)。ホントに夜中の2時ぐらいにコーラ飲みつつ音楽聴きながらやってるんですよ....。
【裏板とボディのクローズ】
クローズだけにだいぶ苦労ずる.....ぬわ〜〜んてね.......あぁ、よかった今回もオヤジギャグが登場して.....。準備編でも紹介したとおり裏板はうねりが激しく、なおかつ割れのギャップが広いので閉じる作業では難航することがわかっていました。私はこういうときに長いクランプやハタガネを使います。最後の仕上がり具合をみて、場合によってはクローズの作業をやりなおすつもりで挑みます。裏板の上部のヒール間近のブロックにはピンが打たれているのでここを軸としてテールブロックを接着し、そのあとアッパーブーツからロアブーツへと左右独立して閉じていくことにします。
で、さっそく作業を続けていくと....さっそくバーの位置がわずかですがズレを生じます。接着と整形作業をエリアごとに行いますが、完全に接着してから次のエリアにとりかかるのでこれまたかなり時間がかかります。なんとか苦闘のすえ接着を終え、エッジを整えてひとまず作業は一段落。
クローズ作業完了(まだ側面板と表面板全体の汚れと塗装には手をつけていません)。そして...やはり出ちゃいましたね、ボディのよじれ........この角度から見るとかなり顕著に症状が出ているのがおわかりいただけるでしょう(写真では端部がテカっているので余計にゆがんで見える)。しかし、クランプをかけて締めながらの作業が原因かと思いきや、じつはもうひとつ大きな問題があることに気付きました......ジャ〜〜〜〜〜〜〜ン! 焼き肉にジャン! レ・ミゼラブルのジャンバル・ジャン....嗚呼無情。そうです、ボデイのロア・ブーツにおける側面板の幅が高音側で71 mm、低音側で78mm。このボデイの厚さの違いはどこで生じたものでしょうか。過去の修理でなんらかの事情で片方だけ狭くなっちゃった? いえ、ひょっとすると製作当初からこのような状態で作られていたかもしれません。なぜならボディを開いたときに側面板と裏板を接着するためのライニング位置が両側とも修理で動かされた痕跡が無いのです。
で、さらに作業を続けているうちにこのギターにはさらなる謎が発覚します(まだあるのか?)......。
【塗装】
ともあれ作業を続行することにします。今回、ボディ裏の塗装はここでやってしまいます。例によってセラックをアルコールで溶かして必要に応じてわずかに顔料をブレンドします。表面板は亀裂が多かったのですが、埋め木を行った箇所は局所的な染め作業を施し、最後に色合わせを行います。
【ブリッジ】
剥がしたブリッジはどうやらシャムガキ(もしくはキングウッドにも類似した木材)です。表面は黒く塗装されていますがさらによく見ると.....ブリッジのサドル部分は2ピースで組まれています。針金のように丸く細い金属フレットは浅い溝を掘ってそこにはめ込んでありましたが、そのサドル固定部分(台座的な)はクルミもしくはウォールナットのような木材です。ひとまずそのまま接着して弦を張ろうとしたところ強度的にもろく、亀裂を発見。そこで台座部分を入れ換え(つまりこんな状態だったんですよ)することにしました。
弦高調整も兼ねているのでどのみちなんらかの加工は必要でしたが、てっきり1ピースだと思っていただけにちょっとびっくりです。クルミかウオールナットで台座部分を作ろうと思ったのですが適当な寸法のものがなく、かといって黒檀では比重が違いすぎるのでひとまず重量の近いメイプルで代用します。これもいずれはボディの厚さと裏板の問題とともに修理をやりなおすかもしれません。もしブリッジのオリジナルが黒檀の1ピースであることがわかればすべてブリッジは作り直すことになります.......ひとまず作業を続行.....。弦を張ってこんなかんじ.....あとで黒く染めます。
フレットの突起部分の処理、ブリッジの染め作業と調整、表面板塗装、ペグ調整、弦高調整、ピンとスリットの調整...........その他もろもろのリペアを行って..............ようやく修理を終えます。今回は2週間以内で作業を終えました。
リペアの作業の記載はここまでです。あとは作業前と作業後の比較をしながら全体のまとめにはいりましょう。