■ 木ペグヘッドの修理(ハープギター編)
● さて、クレーンホームページの「リペアでおじゃる」のシリーズも回を重ねるごとにレアな楽器が登場したりするわけですが今回はマニアの代名詞ともいわれる?ハープギターをとりあげます。多弦ギター(6弦を超える数の弦をもつギター)は私もかなりの種類を弾きましたが、たいてい7弦以降の弦の操作に挫折するという結末が待っています(笑)。それでも一種の慣れが克服すると期待しながら時として13弦ハープギターも奏でてみたりするわけです。
で、今回は「木ペグの穴が広がってしまった場合」の対処法としてひとつの例を紹介します。ここに挙げる写真が今回のお題目です、修理前の写真を御覧ください。
● 13弦ハープギター(1960〜1900年頃製作)
作業前のチェック
え〜〜〜〜、現代では完全に少数派となっている「木ペグ」でありますが、たしかに機械式の糸巻きに慣れてしまうと多少厄介な点もあります。木ペグは慣れればたいしたことはないのですが古い楽器の場合はペグとペグ穴の具合が悪く、摩耗によって微妙な調弦操作が困難なことがあります。ペグ用のワックス(コンポジットともいふ)で滑り具合が改善されることもありますが、時としてペグがちぐはぐに装着された楽器を購入し、うまく調弦できないといったこともあるでしょう。
そんなときはペグリーマとペグシェーパを使ってテーパ(つまりペグ軸と穴のかみぐあい)を揃えてやります。専用工具が必要でもあることから一般的には製作家や専門店に依頼して調整してもらうことをお薦めします。
この楽器はウィーン、ボヘミア界隈において9世紀後期に製作されたものと思われますが写真で見ると、とくにおかしな部分や不都合はなさそうです.......が、しかし御覧のように木ペグがすべて金属ペグ(6つのバンジョーペグと7つのウクレレペグ)に装換されています。
だったら木製のペグを準備して交換すればオシマイ............
なぁ〜〜んて思ったら Oh!Much!Guy!
次の写真を御覧あれ。バンジョーのジョーは常識人、.....じゃなくて6つのバンジョー・ペグはヘッドに固定させてカラ回りを防ぐために深く「面取り」してあるのです。ペグ穴の直径は11mmにまで拡張され、これじゃぁたいていのペグはスカスカ! しかもヘッドの厚さはもともと8mm程度の薄い状態です。このまま木ペグを挿すだけでは充分に機能しません。それ以前にカッコワルイ.....。これらはすべての穴をいったん埋めて、再度穴をあけなおすことにします。
ウクレレ・ペグのついた7つの低音弦についてはペグ穴の直径はまずまず、ということで多少の調整でなんとかなりそうです。穴を埋めてあけなおすことも可能ですが強度の問題や配置の関係から今回は大工事は避けます。
ちなみにこれら13本の金属ペグの総重量は 350g にも及びます。一般的な19世紀ギターの重量は6弦の場合は約900g 程度です。このハープギターは約 1.5kg の重量であることから、楽器全体のバランス(重心位置)を考慮してみてもヘヴィなヘッドは却下。
修理過程
さて、ペグ穴の経や周辺の傷や亀裂などをひととおりチェックしたのち、さっそく取りかかりましょう。まずはメイプルもしくは黒檀で現在のペグ穴直径にほぼ等しい丸棒を準備します。そうです、丸棒のダボをグサッと挿すワケですよ、グサッと。丸棒は直径約11mm ですがペグ穴に挿して角度を決めて短くノコでカットします。このときヘッドの厚さと傾斜(ヘッドの厚みは平行ではなくペグの刺さっている角度も直角ではない)に丸棒のカット面を合わせるのがコツです。
丸棒のダボとペグ穴との接着剤が乾いて硬化するのを待ちます。ペグ穴周辺には過去の調整や修理、あるいは使用中に生じた無数の欠損や小穴や擦り傷が残っているため、これらをブラックのエポキシで埋めて余分な盛り部分をノミでならします。私はふだんはエポキシ接着剤はまず使うことはありませんが今回は特殊な処置であるために採用しました。黒色で2液性の非常に強固なものです。
丸棒のダボと接着剤のはみ出した部分は次の写真のようにノミで削り落としたのち、表側も裏側もサンディングしてヘッドの平面をならします。厳密にいえば4弦、5弦、6弦は低音弦へのヘッド結合曲面にペグ穴がかかっているため、わずかにカーブをつけて湾曲平面に添わせてならす必要があります。
ダボが目立たなくなるようにサンディングしたのち、塗装前の下地の処理を施します。きれいに埋まっていれば御覧のとおりののっぺらぼうとなるのであります。
さて次は新たなペグ穴をあける作業です。私は最近はせん孔はほとんど電動のボール盤は使わず次の写真のように手作業が多いです。理由は単純、静かだから(これは夜中の修理だったワケね)。
ここで注意すべき点は本来のペグ穴の位置に新たな穴をあけるのではなく位置を多少ズラす必要があります。まったく同じ位置にあけてしまうと強度的に非常にもろく、のちのちはその位置から損傷するのです。この写真を御覧になればペグ穴の中心を約5mm
下方へ位置変更していることがおわかりいただけるでしょう。
低音弦の7つのペグ穴も傷みが激しいため、ペグリーマを使ってテーパを揃えながら整えます。実際にペグをあてがって回して具合をみながらの作業です。
この時代のこの地域のこのスタイルの楽器におけるペグにはいくつかの特徴や傾向がありますが今回はペアウッド(洋ナシ)の丸グリップをもつペグを黒色に染めて装着します。6つの弦のペグ直径は約8mm ですが低音弦の7つのペグは直径約9mmを使います。最後はセラックを使って塗装しますが、全体的に古い楽器ですのでヘッドだけツルツル研磨のピカピカ仕上げにしてしまうと当然ながら違和感が顕著となります、従って周辺の傷や摩耗と調和するように塗装面の状態を仕上げていきます。一種のエイジド・フィニッシュですかな(笑)。ペグの染め作業はヘッドの塗装作業と平行して行いますが、グリップ側と先端部との2回に分けて染めます。
はい、そういうわけでようやく作業を終えました。左が修理前、右の写真が修理後です。拡大写真はここです。
地道は作業なんですよ、これが......。
ペグ穴の補修方法には他にもいくつかの手法がありますが、いずれまた機会があれば当サイトのこのコーナーで紹介していきたいと思います。