■ ブリッジのリペア(その1)
● ここではブリッジの交換作業を解説します。なお、最終的な弦高の調整などについては「サドル・ナット・フレットの調整」という項を設けてありますので参考にどうぞ。
古い弦楽器の場合はブリッジは多くの場合交換されていると考えていいでしょう、それくらい傷みやすいパーツです。張りの強い弦を張ってしまった場合やのちの気候の変化による亀裂、弦穴にスリットを切ってなかった場合、テーパの合わないピンを長年使っていた場合、あるいは歴代?オーナーにこよなく愛された場合など、可能性はいくつもあります。無名の楽器はもとより名工と呼ばれる製作家の楽器も例外ではありません。すでに1850年頃にはラコート、シュタアウファー、パノルモ等のコピーモデルが多く製作されていましたし、部品交換も頻繁に行われたようです。
さて、ブリッジのリペアですが、まず交換の手順はこうです。
(1)ブリッジの接着部分に水を少量差して放置し、乾いたらまた少量水を差す....これを1日〜2日間繰り返します。
(2)うまくいけば(1)の作業だけでも自然と浮いてきますが、急ぐ場合は布かティッシュペーパーに水を少し含ませてブリッジを覆いその上からアイロンをかけます。
(3)たいていそれにパレットナイフもしくはリムーバルナイフを使ってジワジワと差していけば剥がれますがあくまでヤサシク、丁寧に作業しないと表面板にナイフがカンタンにめり込んでしまいます。もっとも、交換歴のあるブリッジを剥がしてみるとすでに前回の修理で無惨な状態になっている場合もありますが......。
(4)剥がれた表面をクリーニングして古いニカワと塗装の痕跡をたよりに新しいブリッジとサドル、ピンを作ってクランプして装着します。
● さて具体的に例を挙げて説明しましょう。以下の写真のような状態ではいったいこのブリッジがどこまでオリジナルパーツなのか? あるいは交換された時点でどこまで忠実にコピーされた部品であるかということが問題になってきます。当時のいくつかの楽器のスタイルを調査し、なおかつ現存するいくつかの楽器の実物を見ながらそのオリジナリティや間違った修復を考察していかねばなりません。従って厄介といえば厄介、面白いといえば面白いわけです.....ふっふっふっふっ.........。
まず、現時点でほとんど剥がれているブリッジにスチームアイロンをかけながらナイフで完全に剥がします。このブリッジは最初から割れており、ニカワもかろうじて部分的に接着されているだけでしたので、アイロンとナイフで短時間で剥がせました。古いニカワをお湯で絞ったタオルでキレイにしてやりましょう。
布できれいにしてやると本来の接着痕が見えてきます。このブリッジの形状自体は製作当時のオリジナルに近いものであったことが想像できます。古い接着面や交換時に付いた傷、弦穴とフレットまでの間隔、サドルと弦の仰角、あるいは弦高などを手がかりにオリジナルパーツの形状を探ります。サドルの材料や位置は気をつけないと完成時にフレット音痴になってしまう恐れがあります。持ち込まれた時点で、このブリッジは非オリジナルであることはすぐにわかりました。左右のボタンが非対称で交換されていることや金属サドルが19世紀末から20世紀初頭に使われたフレットを流用していること、そしてブリッジ裏の加工がボディの精度と比較してあまりにも雑であること、表面板の弦穴のスリットに対してブリッジにそれが切られていないこと、サドル位置が正確でないこと.....などが根拠です.......不揃いのピンなんか問題外の外。
フレットをサドルとして使った19世紀ギターは多く存在しましたが、注意点としてはフレット材料の形状や材質、埋め込まれる部分の突起加工の有無とその処理方法でオリジナルかリプレイスかをおおむね判別できます。この場合のサドルフレットはおそらく19世紀後期のものと思われます。
ブリッジのアウトラインはおそらくオリジナルに近い形状であったと考え、その輪郭を新しい黒檀板にけがいてやります。そうです、複製の準備です。
弦穴の位置を確認してマークし、ボール盤で穴をあけます。私はたいてい直径3mmで空けて、あとはリーマでテーパと直径を合わせることにしています。例外もありますがここでは垂直にせん孔せず、若干の角度をつけてやったほうが弦とピンが外れにくくなります。
さあ、セッセと作りましょう.....。電動工具がなくったってのんびり地道に挽けばいいのですよ。こういった傾斜をつけたカットは手ノコがいちばん、電話は二番、惨事のオヤツに至らぬように....。
あとは糸ノコとノミ、小刀を駆使してウデの見せ所です....といってもオリジナルの細部の形状がはっきりしないので文献や写真から当時なにかとコピーされたラコートやそのコピーモデルの数々をモチーフにして削っていくことになるのです。たとえオリジナルの楽器がそばにあったとしてもリペアする人間のクセは作品に出るものだと私は考えています。例えばAさんにコピーさせるとブリッジは肉太傾向になるとか......。
サドル加工の様子です。最終的な弦高は弦を張ってから微調整していきます。
形状が整ってきたらいよいよ接着です。スクレーパで裏をわずかにヘコませます、これで100年はハガレることなく大丈夫(なぁ〜〜んてね)。
私はブリッジ接着にはタイトボンドは使いません(でも現代のマーチンはタイトボンドなんですよね)。鶴田はニカワで接着します。前もってクランプを準備して位置を確認しておきます。
というわけで接着。乾燥後に弦穴のスリットを切り、内部のバーの具合をチェックし、弦高調整とピンを装着すれば完了であります。おっと、スリットを切ったりサドルを削っている作業の写真がありませんね.....熱中してると写真を撮り忘れることも.....。
ピンはモダンなものしか手元にないのでいずれは19世紀スタイルをまとめて作るか専門のメーカーに問い合わせてみようと思います。ピンはモダンなスタイルのものであれば黒檀製や骨製のしっかりしたものがStewmacなどで輸入することも可能ですし、それを加工して頭の小さな形状に整形すればいいでしょう(ちなみに、かの水原氏はボール盤を使ってピンの加工をされているそうです)。
さあ、このページの最初の写真にあったようにボロボロで一見すると見捨てられたような楽器であっても、こうやって時間と手間をかけてリペアすればまたステージに上がれるのであります。
嗚呼、陽はまた昇る.........。
このブリッジのリペアに要した時間は約2週間。あれこれ調べたり確認したりとやってると、どんどん時間は過ぎていきます。
私が今までリペアしたギターのおそらく8割はブリッジが交換されていました。以下の写真のようにオリジナルよりも大きめのブリッジに交換されることが多いようですし、多くの場合は表面板内部に補強のプレートが貼られることもしばしばです。ピンで弦を留めるタイプの楽器はブリッジさえしっかり作ってスリットを的確に刻んであれば補強のプレートはよっぽどのことがない限り貼る必要はありません。
俗にいうブリッジプレート(表面板内部ブリッジ直下の薄い小さな板)は製作当時に貼られていたものとあとから修理の時点で貼られたものとがありますので状態や文献から判断します。
私個人の考えとしてはブリッジプレートは19世紀末期か、むしろ20世紀初頭のスチール弦普及時代に定着していった構造と考えていまして、ガット弦のギターにはブリッジプレートは基本的に付かないのがセオリーだと鶴田は理解しています(もっとも現実には18〜19世紀にブリッジプレートに相当する板が貼られたギターは多く残っているようです)。逆に19世紀後期から現代にかけて大柄なボディのギターではむしろ積極的にブリッジ直下に薄い板やバーを配置するようになったのカモしれません。ですから私の場合はトーレス以前の古いギターで内部を観察してブリッジープレートが貼られているのであれば過去の修理でブリッジ交換をしたか表面板の亀裂の修理があったのではないかと疑ってみます。なお、前記のように音のキャラクター創りのために20世紀のクラシックギター製作家でブリッジプレート相当のパーツを採用していると思うのですが19世紀以前においてはバーの本数と配置の設定によってのみそれがなされたのではないかと考えています......。
ついでに.......ブレーシング材の形状と配置についても近代のクラシックギターはブレイシングの材料自体の幅・高さ・長さそして配置パターンがバラエティに富んでいますが、19世紀までの昔のギター(おおよそ数百年間)はたいてい2本〜4本程度のシンプルな形状と配置で構成されていたことが対照的で興味深いといえます(Martinは19世紀初期からXブレイシングを採用していましたがこれはむしろ当時としてはニューウエイブ?でしょう)。
ふぅ........。