■ クラックのリペア:その1(ギター表面板)
● あるあるある.......古いギターなら表面板の割れはほとんどどの楽器に見られるといっても過言ではないでしょう。日本の楽器店では綺麗なギターが多くておそらく外国人はびっくりするかもしれません。クラシックギター、マンドリン、リュート、エレキギターやアーチトップもまたしかり。一言に表面板のクラック(割れ)といっても木材の収縮で自然と亀裂が走るものもあれば、打痕、引っかきといった演奏中(あるいは保管中)のアクシデント、ブックマッチのハガレ、楽器に合わない強いテンションの弦使用による割れなど様々です。割れ方も素直に真っ二つだったり、ジグザクだったり剥離していたり........ウイリー・ネルソンのギターなんか大穴が空いたまんまでバーをムキ出し、堂々とステージやレコーディングに使われています(見たことありますか?)。ここではまず一般的に見られる比較的基本的なリペア(もち鶴田式)をご紹介します。
おおまかに作業をまとめると以下のような手順になります。次図を御覧あれ。
1. まず亀裂の状態をよく観察し、作業手順を考えます。
2. 亀裂内部の汚れや古い接着剤などを薄いナイフで除去します。
3. スプルース又はイチイのストリップ(細板)を作り亀裂に接着剤とともに埋め込みます。
4. 接着剤が乾いて硬化したらノミとスクレーパで平坦にして染めを行いニスで仕上げて完了。
● それでは19世紀のドイツ系のギターで、はぎ合わせ部分から微妙にズレて割れた例を挙げます。ちょっと難しいのが中央部の斜めの割れです。私の工房に届いた時点ではこの割れ目全域にわたって接着剤が埋められているだけでした。たいてい、割れの幅が密着するぐらい狭いのであれば接着剤のみで修理も可能ですが、ギャップが広い場合には接着剤から湿気を吸収し、そう遠くない時期に間違いなく再度の割れを生じます。というわけで今回は「埋め木」によってうめきながら修理します。じつはブリッジを境に反対側(この写真でいうと見えない左側)も割れています。
今回はスプルースのストリップを使います。カンナや小刀で割れ幅に応じた(ここが肝心)薄板を削りだします。
断面は図のように先をややとがらせておくと打ち込み作業が楽です。従って私はストリップの幅(実際には表面板の厚さ)は3〜5mm程度で作ることが多いです。現実の楽器の表面板の厚さも作業前に調べておくのはもちろんですが、表面板内側のバーの位置も調べておかないとうまくいきません。ですからほんのわずかに(この図はちょっと誇張してます)とがらせておきます。
先にサウンドホール側をなおしましょう。小刀で割れ部分をきれいにしたあとタイトボンドで溝を満たします。ギター内部には敷物を置いたほうが作業がきれいに進行できます。タイトボンドは多めに塗布します。ここにさきのストリップを埋めるわけですが、私は指でささっとはめ込んで小刀の柄か指先でグリグリ押し込みます(小づちを使う人もいます)。接着剤は環境によっては以外と早く乾きどんどん硬化が進みますからのんびりしていると完全に埋め込む前にロックされて身動きとれなくなったりします......以前かなりギャップの狭いクラックのマンドリンでやっちゃったことがあります。もちろんそうなったら泣きながらやりなおします。最近はさすがに慣れてきたので失敗することはありませんが、用心すべきですね。同様にボデイ下部も作業します。
乾いたら刃幅の狭い彫刻刀(平刀)で余分な木片を除去します。内側はスクレーパがいいでしょう。ちょっと写真がピンボケていますね....。
表面板の色合いを観察して染料の調合を行います。私は19世紀ギターの場合は主にセラックと酒精(アルコール)用顔料を数種類ブレンドして色を合わせます。ストリップに使った板片に試し塗りしながらの作業です。その後の経年変化も考慮してやや明るい色にすることが多いです。
染めの過程です、これは2回目ぐらいでしょうか。塗り重ねる回数によっても色は調整できます。しつこく塗布すると濃くなっちゃうのでほどほどに....。濃くなりすぐたらアルコールをしめらせた綿棒で少し拭き取ってやります。
さあ、ブリッジ周辺の割れは埋まり色も合わせ、作業は問題の斜めの部分へとさしかかりました。おおむねの手順は上記と同じですが埋め木用の薄板は木目が揃うように斜めにカットします。多くの製作家やリペアマンは幅の広い板(表面板の割れ幅を覆う)を使って表面板を帯状の板で交換することも多いようです。鶴田の場合は面倒でもこのように処理することにしています。強度的には割れの傾き方向に木目をとって埋め込みたいところですが、その周辺のクラックを完全に接着してあればこの斜めの部分の強度は問題ないでしょう。
さあ、埋めて染める作業がこれらのクラックに施されました。あとはセラック(仕上げでは顔料は含まない)を塗布し、乾いたらサンドペーパ等で研磨しつつ周辺の塗装の状態に近づけて仕上げるのです。
さあ、目立たぬように、しかもバッチリ塗装!! おっと、ブリッジピンはモダンなものが付いているなんてチェックを入れてはイケマセンぞ(笑)。
このページの最初の写真(リペア前)と比較してみるといいでしょう。なお、前にも書きましたが鶴田式リペアでは長年使われて付いた細かいスリ傷や色のにじみ、シミなどはあえてそのままにしておくことが多いです。ですからここの写真でもところどころに傷や汚れなどが見られます。板の表面全域を削りあげ、ピカピカに全塗装しなおせばグラビア対応?となりますが.......まあ、私はやめときます.....。