■ クラックのリペア:その3(裏板・側面板)
● ギターの側面板には19世紀以前から積層した突き板(スプルースとハカランダ、あるいはメイプルとハカランダなど)が用いられていました。近年(20世紀末)になってようやく19世紀ギターが再注目されると突き板の構造が復活し、それはクラシックギターの世界にとどまらず、スチール弦のギターでも採用されるようになってきました。スチール弦のギターでは長いことマホガニーやローズウッド、ハカランダ等のムク板が使われていましたが最近の一部の製作家は2層、あるいは3層の側面板・裏板の楽器を製作しているようです。もっとも一部のアコギ製作者たちは自分たちがあみだしたアイディアと思いこんでいるらしいのですが.....実際には200年以上昔からあるオーソドックスなスタイルだったわけですなぁ....。
側面と裏板の材料としてハカランダ(ブラジル産ローズウッド)は現在でこそ珍重されていますが、このハカランダ、割れやすい材料のひとつですがハカランダと一言にいっても山のどの斜面に生えていたとか、気候・地域の違いや木目のとりかたで特質はかなり異なるようです。古来から使われた楽器用の材料のなかではメイプルが割れにくい(よくねばる)といわれていますし、事実現存するメイプルのギターの多くはクラックの生じていない状態の良いものが多いようです。以下の写真はバーズアイ・メイプルのムク板による側面・裏板の19世紀ギターですが両側ショルダーにクラックが生じています。17〜18世紀の楽器がのちにこういった症状をあらわにしたとき、それを見た19世紀の楽器製作者たちは積層した突き板を採用することで割れの対策としたのでしょうけど、結果的に割れ防止だけでなくサウンドにも影響することがわかり、面倒ではあっても当時の多くの製作家は突き板によってギターを作ることになったのでしょうね......。
さて、時は流れ20世紀初頭にはスチール弦の楽器が人気を獲得し、MartinはもちろんGibson、Washburn(Lyon&Healy)社、Waldo、そしてセルマーやラーソンブラザーズ(プレイリーステイト、モーラー、ユーフォノン等のブランド)などが優れたギターを作るようになったわけですが、それらの多くは側面板にシーム(割れ防止の細長い板)が使われないのが一般的だったようです。当時の楽器で現在まで残っているものは側面に割れのあるギターを多く見かけます。私の見た1900年頃のWashburn数本はすべて側面が以下の写真のように割れていました。
この写真のギターは190X年のWashburnですが両側がこのようにハデに割れ、セロテープで留めようとした形跡がありました、すごいねこりゃ......。このギターの修理のためにあれこれ当時のWashburnを探し歩いたり文献やインターネット上の写真を集めたりしたのですが、某楽器店で1920年頃の小ぶりな1本はやはり内部にサイドシームは無く、ロアブーツの両側にこの写真と同様の割れがありました......。
さて、この部分の修理ですが、まずはセロテープの粘着物と溝に埋まった古い接着剤を除去します。はじめにスクレーパで表面を削ってなだらかにします。そして細い彫刻刀か小刀で溝にはさまっている老廃物をガシガシ削り落とします。これを割れの生じている左右の側面板の箇所に行います。溝のギャップが極端に広い場合はハカランダの端材で埋め木を作って対処します。
さて次の作業は接着ですが、たんにクランプではさんでニカワかタイトボンドで圧着すれば手軽?と思いきや、木材はギシギシに乾き収縮しているためそのままではほっといてもすぐにまた割れます。事実その方法も試してみたのですが木材の強力な緊張にはとうてい対処に及びません。フツ〜〜に考えると現代のようなシーム(ハカランダの細い板)を側面板内部に木目に垂直になるように全域にわたって貼ればいいじゃないかと思われるかもしれませんが..........しかし、それをやっちゃうとこの先50年後にその構造が190X年当時のオリジナルと勘違いされる恐れがあるのです。そこで私もしばらく悩むワケです.......ギターにとっていちばん安心なのはシームを貼ることです、でも目的は亀裂をふさいで演奏に使えるようにすることです.............う〜〜〜む...........そういうわけで1分12秒ほど悩んだあげくクリート(パッチ)を貼ることに決心。このパッチの裏側には年号と私のサインを書いてあります。イチイの2mm厚の薄板を6角形にカットして断面をまたぐように数個貼り付けていきますので強度的にも問題ないでしょうし、今後誰かがこのギターをリペアすることになったとしても内部の処置はオリジナルではなく、あくまで最近のリペアであることは明白です、ちょっとカッコワルイけど.......。逆にいえば最近見かけるこのテのタイプのギターで側面板内側にシームが付いていれば疑う余地があるわけです(注:オリジナルで最初からサイドシームが付いている楽器ももちろん存在します)。
完全に接着剤が乾き硬化するのを待ってサンディングします。接着しても溝のあたりには欠損による小穴がいくつか生じるのでインレイ用の黒色接着剤やハカランダの端材などで目止めを行います。あまり広域に紙ヤスリをかけるとラッカークラックや経年変化による塗装の程良いヤレ具合が台無しになるのでほどほどに......くどいようですが私の場合はピカピカの新品同様にするのが目的ではありません。
はい、右側面は作業完了。これ以上研磨するとキモチ悪いぐらいテカテカになります。
周辺のツヤに合わせて........そして左側面も修理完了!
修理部分以外のこまかい打痕などは残したままです.....。側面板のクラックは両側にありましたから修理するには時間がかかりました、塗装まで含めておおよそ2週間。
● 番外編:修理の前の内部の様子
前記のリペア前の楽器の内部はどうだったのかというと、こんな修理がなされていました。見えますか? つまりサイドシームの団体様なのです。ベニヤ合版の薄いものを短冊状にして何枚も貼り付けてありますがテキト〜な接着剤だったらしく、私の元へ届いたときはほとんどがハガレており、指で容易にバリバリと音をたててもぎ取ることができました。これが両側に施されていたわけです。この修理は推定1970年以前といったところでしょうか。
この Washburn についてはブリッジの交換や表面板のクラック、フレット修正なども行いましたので他の項も参考にどうぞ。