■ 装飾マンドリン・インレイのリペア
● はいはい、以前このコーナーで予告したとおりヘッドのインレイリペアでございます。じつはマンドリン以外にもいくつかインレイの修理をやったことはあるのですが、今回のこの楽器はなかなか見事な装飾のされた1本ですのでお披露目がてらに紹介することにしました。かつてのインレイ職人が丹精込めて細工した傑作.......かれこれ約100年を経てハガレや欠損が生じても仕方がないといえば仕方がないのであります、楽器ですから使う道具ですもんね。あて傷、すり傷、おおいに結構。サクサクッと修理してみました。
はい、そういうわけでまずは修理前の状態(次の写真)を御覧あれ。手前から撮影しているのでちょっと見づらいですが、この角度から見ると汚れ具合がつぶさにわかります(笑)。この楽器はおそらく19世紀末期から20世紀の初頭に製作されたものと思われますが販売店のラベル(あるいは直売系工房ラベル)こそあるものの肝心の製作家のサインは見あたりません(イイ仕事してるのにサインぐらいさせてやんなさいよ)。ヘッドや指板のみならずボディのインレイも相当なものです。写真の矢印に示されるようにパーツの剥離と欠損だらけです。指板の両側のエッジもほとんどすべてハガレかけていますし、ボディの周辺も同様。さらにボウルバックのリブも数カ所に割れや亀裂多数、フレットは限界まで摩耗し、貝のナットもまっぷたつ.....。豪華な装飾のおかげで風呂の焚き付けを逃れ、なんとか21世紀にたどりついたというところでしょうか(まさしく息も絶え絶えのクタクタ状態...)。冷静に見るとばっちい楽器だなぁ.......。
さあ、ブツブツ言いながら修理をはじめましょう。まずは糸巻きを取り外し、内部のダメージや腐食、木材の種類、木目方向、突き板の厚さ、継ぎの構造等をチェックします。マシンにはオイル切れと、わずかなサビを発見。糸巻きは他のリペア中の楽器と混在しないように袋にまとめて私は管理しています。ヘッド側と糸巻きのパーツのいくつかに共通するヘッド番号(型番)が打刻されています。以前紹介したようにシュタウファータイプの糸巻きにもよく見られるような型番(タイプ)のバリエーションがこのマンドリンにも当時いくつかあったものと想像できます。ちなみにこれは28番と打刻されていました。ヘッドの糸巻き収納部分の木材切削加工は非常に正確です、職人さんの丁寧な仕事ぶりがうかがえます。ニカワの過剰な乾燥と劣化が進み、ほとんどの装飾部品はガクガクです。ヘッドに残っているインレイのピースは先端のワッカと両脇棒状の2本のみ(写真参照)。
今回はヘッドとネックのインレイのリペアに的を絞って解説するので他の部位のリペアは掲載しません。さて、そのインレイですがヘッドの材料はどうやら果樹のようです。一見するとヘッドは1枚板を削りだして黒く塗装しているように見えますが、そうではなく実際には0.5mm程度の薄い黒檀のツキ板で全面を貼ってあります、割れがまったく見あたらないのが驚異的...。ヘッドプレートも0.3mmほどと思われる厚さの黒檀板が張られ、そこに貝のインレイピースを掘り抜き、埋め込んであります。
ところが、............過去の修理と思われる無数の彫り傷がヘッドプレート上にかなりの箇所にわたって残っています。この写真でわかりますかな?
修理といっても、欠損箇所のインレイを自作して埋めていけばよいのです。一言でいえばそれだけ.......ですが、じつにビミョ〜〜〜〜なラインを持つのですよ、これが。直線じゃダメなのか?と思われるぐらいわずかなRがついている部分もあって悩ましいのであります。インレイ専門店はアメリカにいくつかありますが(インレイUSAが有名だ)、StewmacやLMIのようなショップでも素材として入手することができます。日本ではもちろん大和マークさんで取り扱っています。たいていは平たいプレートとして、あるいは板棒として販売されていますが、もしくは貝殻から自分で切り出すという手段もあります。なるべく広い面積をもつ平坦な素材を求めたいところですがそうかんたんに都合の良い貝は生息していません。長いインレイ材や広い面積のインレイ材は集成材として入手することは可能です(マーチンギタースタイルのピックガードサイズとか)。インレイ専門店ならともかく、一般のギター材料店には必ずしも今回のマンドリンに使われているような色艶の近い貝があるとは限らないため、私もリペアをやる習慣がついてからは手元には常に色の違うMOPやBMOPあるいは日本アワビやメキシコ産アバロン、パウアシェルなどをストックしています。ここでは板棒状の白蝶貝を使います、大和マークさんから去年の弦楽器フェア会場で購入したものです。可能ならば大きめの面積のものから波模様の方向をチェックして既存のインレイピースの波模様と継ぎ目を揃えたいところですが前記のとおり限りある資源でございます。ゼイタクをいわず材のサイズの許す範囲でギリギリまで使ってけがきます。今回のインレイ材のサイズは約6mm x 70mm 程度のものです。そのためヘッドのうちの最も長い辺の補修に使用する貝としては長さが足りず、2本を継がざる得ないのでありました。継ぎ目は違和感なくまとめたいところです.........。
わずかなカーブはノミで削っても良いのですが亀裂を警戒して私はひたすらジュエリーソウで切っていきます。慎重に動かしながら、こう、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ、カシュ........歌手といえば私の世代は山口百恵と桜田順子でした。キャンディーズとか浅丘めぐみとか天地マリとか(御同輩のみなさん漢字合ってます?)........あ、いかん。いかん、また横道に逸れるところだったわい......。象牙や牛骨や貝を切るときはミニバイスに挟んで固定するか、もしくはこのようなブロックでピースを締めて固定します。じつはこの写真に写っている作業用ブロックは篆刻用の台座で....え? 篆刻の漢字が読めないって? 「読〜〜めるけど〜〜、漢字か〜〜け〜〜な〜〜い〜〜」って歌うヤツですね、篆刻(てんこく)と読みまして印鑑を彫ることですよ。この台座はカットの作業中にクルクルと向きを変えて作業できるので非常に重宝します。私はその昔東急ハンズで入手。
さて、J-WAVEを聴いていないとウケないローカルネタをまじえつつ、まずは1本目のピースが切り出せました。これを棒ヤスリとサンドペーパーで成形していきます。木片などを使って微妙なカーブをなめらかに仕上げます。時々ヘッドにあてがいながらピッタンコになるまで修正します。ですから最初にフィットさせるのはヘッドの内側の辺でなければなりません、外側の輪郭を先に削ってしまうとインレイの幅が合わなくなります。つなぎ目の角度をピッタリに揃えるには削っていく順番も重要です。根気のいる作業ですが私はラジオでも聴きながらコーラでも飲んでのんびりやります。アマチュア製作家には納期がありませんし、せかされることもなくて気楽でいいなぁ〜〜〜(笑)........なんていったらプロの製作家に怒られますね。
さて、ここで問題です。この写真に写っているカーブした2本のピースのうちオリジナルと鶴田作はどちらでしょう? 最初の写真を注意深く見ていた人にはわかります...............。
他の箇所も同様の作業です。パターンを採って削り出し、ひたすらヘッドの溝にフィットするように削って合わせていきます。この写真を見ればわかるように右側のいちばん長い辺のピースがオリジナルで左側の2本をつないだものが鶴田作です。やや幅を広めにしておき、接着したあとに端部を削ってシェイプを正確に合わせることができます。この時点では各ピースの形状チェックと仮組みを行い、継ぎ目を揃えることに専念します。ですから現時点ではまだヘッドのひっかき傷には手をつけていません。ヘッドの形状はヴィナーチャを踏襲するスタイルで、のちのマンドリンメーカーの多くがコピー楽器を製作しています、マーチンも20世紀初頭に同様のヘッドを持つ装飾マンドリンを製作していました。
継ぎ目のチェックと微調整が終わったら接着します。すべてのピースを丁寧に揃えてやります。繋ぎ目にはどうしても貝の模様の違いから色艶や光の反射の違いが出てしまいます。なるべく違和感のないように仕上げたいところです。ここもやや大きめのピースで接着して、あとからピッタリに削って揃えます。
さて、次にヘッドプレートの無数のひっかき傷をなんとかせねばなりません。ここに作業前の拡大写真を掲載しておきます。でっかい画像でスイマセン。ダイヤルアップで御利用の皆さんには表示に時間がかかって申し訳ない! 私もいまだに56Kモデムのダイヤルアップ(テレホーダイ族)です......。ここまで拡大すれば無数のひっかき傷が確認できるでしょう。前の修理主はどうしてこんなコトしたのかね?
やはりここはサンディングせざる得ません。接着したインレイのピースは厚さがやや厚くてヘッドプレートの表面からほんのわずかに浮き出るようにしてあります、これを揃えるのがまず最初です。サンドペーパは最初は240番〜320番を使い、次に800番などを使います。黒檀のヘッドプレートは薄いのでほどほどにしときます。前の修理を行った人物ががどういった目的で前写真のような無数の傷をつけたのか疑問ですが、おかげでたいへんな手間暇がかかります。しかしまあ、すべての傷がなくなるまで研磨するわけにもいかないのでいくつかの深い傷は残さざる得ませんでした。次の作業中の写真のように部分的には平坦に戻っていることが確認いただけるでしょう、前の写真と比較されたし..............。
指板のインレイもいくつかの箇所で剥離と傷が見られましたが、なんとか接着と補修を行ってまとめました。あとでバーフレットはすべて打ち換えたほうがいいでしょう。ナットも貝(M.O.P)で製作されており、中央で真っ二つに割れていたものを特殊な接着剤で完璧に接着します(私のデジカメでは解像度の限界で接着面が撮影できない)。まあ、フレット交換したらナットは作り直す予定ですが現時点では当時のパーツをなおして使います..........。あとは各部を研磨したのち希釈したセラックでヘッドプレートを薄く塗装し保護膜とします。その後フィンガーボードはオイルで仕上げてしっとりとまとめ、亀裂を防ぎます。御覧のとおり黒檀のプレートとインレイのピースとの埋め込み部分には隙間が無く、充填されてもいません。ウデの良い職人さんだったんですね。バーフレットはだいぶ減ってますが、この楽器がコレクションやディスプレイ用ではなく楽器としてちゃんと弾かれていた証拠なのであります。
ジャ〜〜ン! ジャン・ヴォボアン! なんちゃっておじさん! ヘッドインレイはかくのごとく修復したのでありました〜〜〜〜〜〜! でもよく見るとカーブフィットがまだ甘いですね、要修行といったところですか.......。最後にグリスアップして調整をすませた糸巻きを装着し、御覧のとおりリペア完了です(修理前はこんなんでした)。糸巻きのノブも貝(M.O.P)でできており、こだわりが随所に見られるたいへん美しいインレイです。21世紀を生き抜くのだ!
ふぅ..............。