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TOKYO / JAPAN


(3) ファブリカトーレ一族の楽器の特徴と傾向

 

紙を用いて製作されたギター

今回の調査でジョバンニ・バッティスタ系とジェンナロ系には共通した特殊な製作方法が用いられていたことを発見しました。1800年代初期の傾向で、今回3本のギターに見られる特徴として「紙」の使用があることです。これが当時の標準的な手法とは限りませんが、紙の使用は注目すべき点です。 ジョバンニ・バッティスタはボディ内部の裏板と側面全体に紙を貼っています。私は当初、これは修理だと思いました。しかし、息子のラファエロのギターやジェンナロのギターを観察してそれが修理ではなく製作当初の仕様であることに確信を持ちました。

 

【3者の楽器の拡大写真(紙使用部分)】

 

ジョバンニ Giovanni

 

ラファエロ Raffaele

 

ジェンナロ Gennaro (I and II)

 

ラファエロの楽器の内部には裏板と側面板をつなぐように紙のテープが貼られています。ジョバンニ・バッティスタ(父)のギターと息子ラファエロの共通点として裏板と側面板にライニングを持たない構造で、かつ非常に薄い裏板(厚さ1mm)と側面板 (1mm)であることに注目します。こういった紙の使用は当時のマンドリン製作では 一般的に見られます。ファブリカトーレ一族がリュートとギターとマンドリンの製作で知られていることから、手法として紙をギターに使うことは違和感がなかったとも考えられます。紙を使うことは薄い板の強度を確保する意味で有効です。

ジョバンニ・バッティスタの1806年のギターにも紙が使われています。その裏板の底部(エンドブロック間近)には S または f らしきエンボス加工がなされています。この刻印は紙を貼った作業のあとに押された痕跡があり、なんらかの意図があったと考えられます。

一方のジェンナロ系では1833年のラベルを持つテルツギター(Gennaro) の側面周囲をとりまくハカランダの帯の下にやはり紙のテープが巻かれているのです。これも当初は修理と考えていましたが楽器全体にわたり、ダメージの無い箇所でも紙が使用されていることなどからオリジナルと判断されます。

ファブリカトーレ一族は18世紀〜19世紀にかけて製紙業を営んでいたことがわかっています。フランチェスカ氏の調査によるとニコラが中心的な立場で楽器製作と製紙工場を始祖として運用していたようで、「1820年には既に製紙工場を所有しており、ニコラ・リッチ(Nicola Ricci)ブランドの楽譜を販売し、1825年にトレド通り172番 へ移転した」とあります。さらに、「ジェンナロ1世は製紙工場の移転と同時にギタ ー工場をトレド通り297番に移し、そこでは楽譜以外に楽器も販売した。」というのです。

私の調査では1825年以前にトレド通り297番の楽器が存在しないことを確認していることから、ギター工房の移転は製紙工場の移転と同じ年の1825年であったことが裏付けられます。つまりジェンナロ1世は製紙業に加え出版・印刷業とギター製作・販売 などを幅広く展開した事業主であったのです。「Gennaro Fabricatore」 と印刷されたラベルを持つ楽器が多く残されている理由は、当時の大手楽器ブランドがそうであったように事業の一部門であるギター製造をいくつかの楽器製作工房に委託し、完成品に自社ラベルを貼って販売していたことが考えられます。

ジェンナロ1世には4人の息子がいました(ジェンナロ2世、ジュゼッペ、ジョバンニ 、ニコラ)。一連の音楽事業はジェンナロ1世から息子ジェンナロ2世たちへ、そして孫へと継承されたようです。製紙業自体はジェンナロ1世の孫にあたるジュゼッペ・ファブリカトーレやガエタノ・ファブリカトーレによって19世紀終わりまで存続したようです(家計略図参照)。

このようにジェンナロ系一族は 1800年代初頭から1880年代末期にわたって製紙業などの事業を大規模にきりまわしていたようですが、対してジョバンニ・バッティスタ系では子孫の記録は息子のラファエロで途絶えています。ジョバンニ・バッティスタとラファエロの親子は1800年代以降は製作本数が次第に少なくなっていきます。


 

補足

・ギターのボディの製作手順:
一般的には側面板に上下のブロックを接着したのち、ネックにピンを打ちます。そのあとボディに表面板を先に接着する場合と裏板を先に接着してあとから表面板を接着する方法とがあります。上記の1806ジョバンニ(父)と1813ラファエロは裏板と側面板に補強紙を貼ってあり、表面板と側面板には補強紙がまったく貼られていないことから、まず側面板に裏板を接着し、そのあと表面板をかぶせてボディを閉じ、箱にしたと考えられます。

・バーの長さ:
Gennaroもジョバンニ・バッティスタもラファエロも表面板に用いられるバーの両端はボディのライニングを貫通させない程度の長さに両端をカットしていることが多いようです。ジョバンニ・バッティスタとラファエロの親子は裏板のバーに関してはボディ幅に対して若干短めの長さにバーの両端を切り詰める傾向があるように見えます。

 

 



 

紙張りギター 追加分

 

ヴィナッチャの紙張りギターを確認(2003年12月6日 記事追加)

1798 Gaetano Vinaccia

フランスの製作仲間からの情報で、内部に紙を貼ったギターを確認しました。1798年にイタリア・ナポリのギター&マンドリン製作家Gaetano Vinacciaによる6単弦ギターです。ラベルには「Gaetanus Vinaccia fecit: Neapoli 1798 Nella Rua Catalana . 」との表記があり、間違いなく紙のライニングが使われています。ボディの側面板は非常に薄く、前記の1806年のG.B.Fabricatore とほぼ同様の仕様です(シェイプがわずかに異なります)。おそらくヴィナッチャとファブリカトレー一族はなんらかの関係があったと考えられます。

(個人的な商談の写真のためここにはその詳細写真を掲載できません。御了承ください。)

 

 

G.B.Fabricatore 1785年の紙張りギターを確認(2003年12月6日 記事追加)

1785 G.B.Fabricatore

イギリス人ギター仲間からの情報で、内部に紙を貼ったギターを確認しました。1785年の6単弦ギターです。ラベルには「Giovanni Battista Fabricatore Fecit in Neapoli Anno 1785 S.M. dell Ajuto N.32. 」との表記があります。ラベル周囲の模様は今までに見たことのないものです。スタイルは前記の1806年のG.B.Fabricatore とほぼ同様の仕様でシェイプがわずかに異なります。

(個人のコレクションのため、その詳細写真をここには掲載できません。御了承ください。)

 

 

ヴィナッチャの紙張りギターを確認(2004年7月26日 記事追加) NEW!!

1779 Gaetano Vinaccia

Web上で、内部に紙を貼ったギターを確認しました。イタリア・ナポリのギター&マンドリン製作家Gaetano Vinacciaによる6単弦ギターです。ラベルには「Gajetanus Vinaccia fecit Neapoli Strada Rua Catalana Num.85 Anno 1779」との表記があります。これも紙のライニングが使われています。ボディシェイプやアラベスクなどに1800年代初期のスタイルが見られます。ネックやヘッドは1806年のG.B.Fabricatore とよく似た構造です。
http://home.houston.rr.com/verrett/erg/erg/evolution.htm に写真がありますがおそらく他のサイトからの引用で元は'Hecks' (CVF)コレクション。

 

 

 

 


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