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■ Title : 仮題「月琴を弾く女」 明治中期(1890年頃) 浮世絵 作者不詳
版画/浮世絵の収集が趣味でして、そんななかから弦楽器工房としてのコダワリもあったりなんかして。弦楽器とのかかわりのある作品を掲載してゆくコーナーです。
今回は19世紀後期の日本の月琴です。看看節や法界節のような明清楽の月琴が大流行したのが明治20年代ということなので、おそらくその時代に描かれて彫られた浮世絵なのでしょう。
浮世絵の世界でいうところの中判サイズなので現代でいう B5 ぐらい。100年以上を経過していると思われ、状態はあまりよろしくないのですが、今でも充分鑑賞に堪えます。
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絵のサイズ:中判 165mm X 240mm
作者・版上?捺印:不詳
制作年:明治時代中期(1890年代あたり?)
技法:多色刷り木版画/浮世絵
月曜と金曜に弾くものであって火曜とか土曜や日曜に弾いてはいけないところからゲッキン以外は厳禁というのがその名の由来である(ウソ)。
月琴は江戸時代中期頃に中国から日本に伝わったとされる説をよく見かけますが、日本で独自の進化を遂げたようで中国のそれとはまったく違いますな。日本国内でざっくり乱暴に区別するならネックの長いのが明楽(みんがく)、ボディが平たくてまん丸でネックの短いのが明清楽(みんしんがく)といったところでしょうか。
今回の版画では後者の明清楽むけの楽器で2コース4弦。ウチの工房は月琴については専門外なので、楽器のことは楽器仲間の斗酒庵さんのサイトなど参照されたし。ひとまずこの浮世絵をパッと見てわかること ... 明治の特徴が随所に現れておりまする。
・周囲が太い線で囲まれて強調されている(レクタングル/カドマルに近い)
・女性の顔の描き方がベタな明治スタイルである。長髪なのに耳も出てるし。
・ここに見られるような鮮やかな赤(プレクトラムの飾り紐)とピンク(首元)の染料が用いられるのは明治維新以降
・機械で漉いた薄い和紙を使っている(すのこ模様の日本のレイドペーパー)
とくに明治時代の女性の顔の描き方は江戸時代の浮世絵にはあまり見られない独特のものです。例えば、明治36年(1903年)に寺崎広業の描いた美人画(浮世絵)のように長く降ろした髪でも耳が出ている例が多く見られるようになります。
● 寺崎広業:美人の海水浴 明治36年 1903年 (鶴田コレクションより)
色使いについても、欧州からの化学合成染料等の輸入によりドギツイピンクや赤すぎる赤や彩度の高い緑などを使うのが明治時代の浮世絵の特徴(文明開化をテーマにした絵がやたらと多い)。小林清親の例のように部分的に鮮やかな色(女性の口紅部分)を使うことでテーマが引き立つ作品も多くありますが。
● 小林清親:新版32相より 明治15年 1882年(鶴田コレクションより)
今回の月琴の浮世絵は以前(2010年頃まで)は時々見かけたのですが最近はほとんど見かけなくなってしまいました。今から10年ぐらい前ですな。私もあれこれ探して国内外の浮世絵販売店やオークションをチェックしたものです。しかしながら当時はけっこう人気があり、高くて手が出なかった覚えがあります。あれから10年が過ぎてようやく入手しました。根気良く気長に探すのがコツです。
この個体はシワ、シミ、折れ、虫食いなどが随所に見られ決して良いコンディションでは無いのですが、墨版の線は明瞭で色落ちもさほど悪くないです。約2000円で入手したので、むしろお買い得です。ワインを2本我慢すれば買えます。
ヘンテコな作品が主体の鶴田コレクションは状態のあまりよくない作品が多いのです。しかし、それが幸いしてか趣味の範囲内で手の届く作品がほとんどです。
版画に限らず言えることですが状態の良くないものは安価です。レプリカは状態が良くても安価なことが多いです。状態の良いオリジナル作品は高価です。最悪なのは状態の悪い贋作やよろしくないレプリカを高く買うことです(骨董業界でいうところの授業料ですな)。
・斗酒庵さんのサイト(月琴修理のコーナー)
・月琴:Wikipedia
・明清楽(みんしんがく) Wikipedia
記事:2019年7月1日 弦楽器工房クレーン Luthier : Makoto Tsuruda