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■ Title : Miss Fordyce / Painter:Joshua Reynolds (1723 - 1792) / Mezzotint :Richard Houston / Carington Bowles, London Ca.1780
さて、今回の弦楽器系版画はイングリッシュギターです。
イングリッシュギターは18世紀後期の40年間ぐらいのあいだにイギリス(とくにロンドン)で大流行したシターンの一種ですな。ギッター/Guittarとも書きます。基本的にメイプル材のフラットバックであり、弦長も40cm程度なので小型軽量。可愛らしい姿の楽器ですな。音量は小さいですが音色は雅です。婦女子に人気があったのもうなづけまする。
イングリッシュギターを抱えて弾いているところに、男子諸君から「可愛らしいねぇ ... (楽器が)」なんて声をかけられたら悪い気はしないでしょう。きっとそれで流行したに違いありません。違うかな?
● 「ミス・フォーダイス」 英国 1780年ごろ
おおむね絵はがきサイズです。1つの版(銅板)に婦人像とタイトル等が刷られています。よく見ると版の輪郭痕跡(プレートマーク)が周囲に見えます。カド丸の銅板であったことがわかりますな。
・左下に絵師(原画の作者):ジョシュア・レイノルズ J.Reynolds pinx.t
・中央に表題:ミス・フォアダイス Miss Fordyce.
・右下に彫師(エングレイバー)リチャード・ヒューストン R.Houston fecit
・底部に出版社:カリントン・ボウルズ社 ロンドン Printed for Carington Bowles, in St.Paul's Church Yard.
紙のサイズ:163mm x 129mm
版サイズ:152mm x 117mm
絵のサイズ:134mm x 117mm
裏面:ブランク
レイド・ペーパーに印刷
ウオーターマーク無し
出版時期:1780年頃 イギリス
● 版画に登場するイングリッシュギターについて
以前にも説明したかもしれませんが復習しながらまいりましょう。プレストンやトンプソンの製作した一般的なイングリッシュギターは10弦6コースで、低い2コースがそれぞれ単弦、高音側は複弦4コースです。すべて金属弦で土味噌土味噌、おっと、ドミソドミソと調弦するのでテキトーにつまびいても素敵に響いちゃふ。なんて都合が良いのでしょう、素晴らしい! ヴァイオリン属と違って指板にフレットが付いているので初心者にもとっきやすい。つまり敷居が低かったってコトでしょうね。しかも人気が高まると共にたくさんの優れた曲も作られるようになり、これらの相乗効果によって広く受け入れられ、深〜〜〜く普及したのでしょう。
ヘッドは機械式のウオッチキータイプと木ペグのほか特殊な機械式糸巻もありました。この版画に描かれている弦は10本ですが、コースではなく等間隔で描かれています(絵画の世界では明確にコースで描かれることは稀)。フレットは17本あるように見えます(この時代にしては多すぎる)。ロゼッタは金属の鋳物に金泥塗りです。当時は象牙/黒檀/貝等の星型ロゼッタも一般的でした。
今回も老眼同盟の同志のためにコントラストを上げた画像を用意しました。遠くを見たり近くを見たりして眼トレしながら弦とフレットをじっくり数えましょう。
なんだか年を重ねるごとにクレーンホームページの画像サイズが大きくなっていくような気がします。
・インターネット上で原画の油絵を見つけました。これと比較すると面白いのです。 ★バックアップデータ
・なんと! 同作品(油絵)のX線写真まで見つけてしまいました。ひゃ〜〜! ★バックアップデータ
油絵原画と銅版画をよ〜〜っく見比べてください。弦の間隔は原画も銅版画と同様おおむね等間隔ですが、フレットに関しては油絵ではフレットの存在そのものが確認できない程で、むしろ銅版画のほうが明瞭に描かれているのがわかります。ちなみにイングリッシュギターの指板はラウンドしているのが一般的なので金属のバーフレットもアーチ状であるべきです。
さて、木ペグのヘッドに御注目。ペグの本数はこのさい置いといて、問題は弦の巻き取られる方向。
銅版画ではペグボックス(弦蔵)の内部ですべての弦が平行に右へ傾いて ... う〜〜〜む、これじゃぁ調弦できないカモ。
この版画作品では彫り師は原画に忠実に版を作っていないようです。そう! そもそも原画の油絵ではヘッド自体がみあたりません(元は周囲も描かれた大きなキャンバスがカットされた可能性も有り)。おそらく銅版画の出版社/版元が「楽器をもっと見せたい」と考えてヘッドを書き加えるよう指示したのであろうと鶴田は想像します。この油絵は発表当時から人気があったため、いくつかの出版社が同作品の銅版画を制作しています。丸窓スタイルのメゾチントの例では楽器のヘッドの拡張だけでなく、ボディ底部のテールピースあたりまで想像で描いてあります。楽器の全体像が見えたほうが喜ばれたのでしょう。当時のイングリッシュギターの人気を意識したものであろうと鶴田は勝手に推察します。
楽器を弾く女性の姿は魅力的ということですな。当時はイングリッシュギターを淑女のたしなみとしてイメージしたのかもしれません。
※ ミス・フォーダイスというタイトルが付いていまして、この女性の名前が「フォーダイス」さんなのかわかりませんが、思い出したのは18世紀英国の小説家/牧師ジェームズ・フォーダイス(James Fordyce, 1720-96)。彼が1765年に著した『若い女性への講話』では家庭的で上品なふるまいと徳を説いています。
● メゾチント技法
メゾチントの原版写真
これも復讐しながら ... おっと、復習しながら説明しましょう(復讐してどうする!)。エッチングやエングレーヴィング/ドライポイントは鏡面の銅版を引っ掻いたり腐食させて作った溝がインクを含み黒く描画される版画技法です。彫師の筆跡が黒く描写されます。このコーナーで今まで紹介してきた作品はほぼすべてそうです。メゾチント技法はその逆で、版はもともと銅版の全面が鏡面ではなく刻んでザラザラさせておき、そのままインクを詰めて刷ると真っ黒になります。そこで、ザラザラ面に先端の丸い金属で力を入れて動かせばザラザラの一部分は潰れてなめらかになり、インクが乗りません。つまり彫り師の筆跡は白く描かれます。
メゾチントはハーフトーンつまり中間の濃度が表現しやすい特徴があります。(エッチングやエングレーヴィングでは濃淡は点描密度で調整)。しかしシャープな線が描きづらく輪郭線がボケやすいのもメゾチントの特徴。この版画でもわずかにめくれた楽譜の部分だけはいったんメゾチントをつぶして白くしたあとにドライポイントでひっかいて描いています。
そうです。実際には1つの版面にいくつかの技法を併用して制作されます。このコーナーに以前掲載した孔雀がまさにそうですね。18世紀はメゾチントの黄金期でもありました。英国でいえばターナーの風景画の銅版画作品で雲や海や河川にメゾチント技法を見ることができます。
昭和の日本ではなぜかメゾチント技法による銅版画が大流行しました。今でこそ銅版画といえばエッチング主流でメゾチントは絶滅したのではないか、というのが国際的な状況です。今でも地球上を探してまだメゾチントをやっているとしたら、それは日本人に違いないとすら言われています。
はい、そういうわけで鶴田の作ったメゾチント版画作品もここに掲載しておきましょう ^_^
メゾチントやって何が悪い! 文句あっかぁ!
インクの色は赤と黒のステート違いがあります。2013年制作で2014年の年賀状にも使いました。
74mm x 47mm 小さい作品ですが、これでもかなり苦労しますた。旧約聖書のバベルと違って現代から太古を想像するバベルの塔であって、よく見ると人が住んでいそうな集合住宅みたいな建築物にも見えます。メゾチント+部分的にドライポイント 作・鶴田誠
・銅版画「BABEL III」 2013年
74mm x 47mm Mezzotint Makoto Tsuruda
● 参考(過去記事)
・シターン(モダンスタイル)の製作記事:CRANE Concept-2
・イングリッシュギター演奏CD(ミニアルバム)演奏:鶴田誠 完売ですが手作りCD-Rでよければ提供できます。
・2012年新作CD案内:こっちはちゃんとした演奏で竹内太郎氏による「アフェットーソ 愛情を込めて」
● 参考
・Wikipedia ジョシュア・レイノルズ(1723年-1792年)
肖像画が得意なロココ期のイギリスの画家。サーの称号を持つ(卓球ぢゃないよ)。
記事:2017年1月21日