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■ Title : 「貧者のバベル」 1985年 銅版画 Etching : 河原田徹 Toru Kawaharada(1944 - )
え〜〜〜、まいどおなじみ弦楽器がらみの版画を紹介していくコーナーです。
前回はジャック・カロの作品を紹介しましたが、今回の弦楽器系版画はギター(モダン)です。
さて、この細密銅版画のどこに弦楽器が描かれているのでありましょうか?
印刷面(銅版)のサイズが 36.5cm x 40cm の大型版画で、その周囲の余白も充分とってあって大迫力です。紙にインクが乗った質感にも味があり、現物はパソコンのモニタで見るのとではやはり違います。
先に答えを書いてしまいますが、ヤマハ音楽教室の看板とギターが描かれています。まんなかの右あたり .... 探してみてください。
え!? ちっちゃすぎて拡大画像でもよく見えないって?
1985年制作のエッチング作品。作者は銅版画の世界ではおそらく知らない人はいないと思われる河原田 徹(のちにトーナス・カボチャラダムス)。描かれているのはYAMAHA 音楽教室なので楽器(ギター)はGCモデルでしょうか。いや、この時代なら初心者の生徒さんだと C-100 とか? 鶴田も大昔のワカイ頃に ヤマハ C-300 とか使ってましたよ。当時の松岡とか比べても良く鳴ってました。お店で弾くと個体差はけっこうありましたが。
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旧約聖書の「創世記」の第11章に出てくる天にも届きそうな大きな塔で、ヘンドリック・ヴァン・クレーヴIII(1525-1589)をはじめとしてルーカス・ヴァン・ヴァルケンボルク(1530-1579)、フレデリック・ヴァン・ヴァルケンボルク(1566-1623)、トビアス・ヴェルハヒト(1561-1631)、ほかにもルイス・デ・コールリ(1580-1621)といった歴代の様々な画家達がこのテーマで描いています。とりわけブリューゲル親子の油絵がよく知られていますが、銅版画の分野では19世紀フランスのギュスターヴ・ドレなども旧約聖書作品の中で同テーマにて作品を残しています。楽園追放、ノアの箱舟、海を割るモーゼ、などと同様に宗教画のテーマとしてはドラマチックで印象深い名シーン。
しかし、そういった歴代の作品を含めても、さすがにこの独自の世界観は河原田 徹(のちにトーナス・カボチャラダムス)氏のほかに並ぶ者は無く、極めてユニークな作品です。そもそも背景は作者の過ごしてきた北九州の門司港であり、貧者のバベルの塔に築かれているのは昭和の当時に実在したお店や風俗といった生活そのもの。作家自身の地元のベタな街並みをここまでユーモラスに構成した例を私は他に知りません。歴史上のバベル作品のなかでも突出した異作と言って良いでしょう。虫眼鏡かリーディンググラス(老眼鏡ともいふね)で作品を鑑賞すれば、版画の面積の20倍以上楽しめます。
絵のサイズ:365mm X 400mm
版上サイン:河原田 徹 Toru KAWAHARADA(のちにトーナス・カボチャラダムス /THONAS KABOCHARADAMUS)
制作年:1985年
技法:銅版画(エッチング)
エディション:75枚限定
2017年の夏に鶴田が北九州に上洛してトーナス国王と王妃に謁見を果たした記事を皆さん覚えてます?
ちょっと復習。そのとき紹介した竹のバベルの塔 BANBOO BABEL(1986年 銅版画) にも三味線が描かれているのでしたな(これも弦楽器)。
どちらもトーナス国王が1980年代(署名が河原田徹であった時代)に制作した作品。ブリューゲルなどの昔の油絵もよく見るといろんなものが描き込んであるのですが、氏の作品は虫眼鏡で見ていると思わず笑っちゃうところが素晴らしい。
河原田 徹(のちにトーナス・カボチャラダムス)氏のブリューゲルのバベルの塔をモチーフにしたシリーズはいくつかのバリエーションによって銅版画と油絵が複数制作されています。多くは銅版画が先に制作され、数年後に油絵が描かれています。例えば「貧者のバベル」は1985年に銅版画が制作され、それを元に1989年に油絵/テンペラ画が描かれています。「BANBOO BABEL」は1986年に銅版画が制作され、1988年には油絵/テンペラ画が描かれています。ただ、氏の油絵作品は同じタイトルでも版画作品と全く同じではなく部分的に異なる表現・描画が見られ、比較する楽しみもあります。
■ Title : 「高等御下宿 ピース荘」1984年 銅版画 Etching : 河原田徹 Toru Kawaharada(1944 - )
もしや!と思って他の版画作品を観察したところ、もうひとつ見つけました。
エッチングとアクアチント技法による3色カラーの銅版画「高等御下宿 ピース荘」です。赤・青・黄の版で色を混成して中間色のオレンジ色や緑色も発色するわけですね。おそらく氏の版画では唯一のカラー作品でしょうか。この版画に登場する弦楽器は中世からルネサンス期あたりのフィドルと思われます。ピエロが演奏しています。
この作品は1984年に制作されたものですが、坂口安吾の短編小説「白痴」1946/昭和21年発行 を元にしています。小説に登場するアヒル、豚、荷車、そして米国の空襲で東京が燃えている様子などが描かれています。
2013年には東京 渋谷 たばこと塩の博物館特別展でも展示されました。
「高等御下宿 ピース荘」 / The lodging house : Peace Hotel 1984年 23.6cm x 17.8cm 銅版画(3版3色)限定数30枚
小説自体は坂口安吾ですから、同時代の太宰治のようにドロドロした東京大空襲の陰惨な内容です。しかし、この版画を見ているとそれとは全く別の小説が存在するのではないかと思えてくるから不思議です。こういった意外な方向にまとめあげる版画家のアイディアとセンスが素晴らしい。楽器を作る人もこういったセンスを見習うべきと私は考えています。
備考:ちなみに鶴田はタバコは吸いませんがピース缶は1個所有しています(1960年頃の個体)。このピース缶のデザインはインダストリアルデザイナーの レイモンド・ローウィ(1951年発表)によるものです。PEACE ... 簡潔にして明瞭なコンセプトのデザインですな。配色がまた素晴らしい。歴史に残るデザインのひとつです。
河原田氏の作品は非常に人気が高いにもかかわらず、御本人は世間に見られる作家のようにメディアを駆使して積極的に売り込む気は無いようです(笑)。ですから現在の市場ではめったに見かけることがありませんが、探せばばちゃんと販売しています(下記の銀座の画廊)。作家から直接購入することも可能です。2017年の訪問記事を私のホームページに掲載して以来、河原田氏の銅版画作品はどこで買えるのか?と問い合わせを頂いたこともあり、今回は入手方法についても書いておきます。
河原田 徹(のちにトーナス・カボチャラダムス)氏の作品は東京・銀座の2つの画廊で購入することができます(但し全作品を取り扱っているわけではない)。ほかにも北九州の画廊ギャラリー 倉屋、そして作家本人が館長である北九州のカボチャドキヤ国立美術館。
【取扱い画廊】
・東京:銀座 画廊 スパンアートギャラリー http://www.span-art.co.jp/
・東京:銀座 画廊 77gallery (ななじゅうななギャラリー) http://www.77gallery.com/
・福岡県:北九州 画廊 ギャラリー 倉屋 ※インターネット上に情報見当たらず
【カボチャドキヤ国立美術館】
・所在地:〒801-0872 福岡県北九州市 門司区 谷町 2-6-32 大きい地図
・開館日:土曜と祝日(または振替休日) ※日曜は休館 土曜と祝日しか開館していません(日曜はやってません)。
・開館時間:11:00 〜 16:00
・入館料:大人300円 中高生100円 小学生以下無料
・交 通:JR門司港駅から徒歩25分。西鉄バスなら門司港駅前または桟橋通バス停から山手田ノ浦行き谷町バス停下車1分。
小倉魚町から都市高速経由山手田ノ浦行きもあります。
・駐車場:2台
・公式サイト:ここに基本情報有り
・電 話:093-331-5003
・美術館の運営ボランティアや運営費協力(会費会員 / 年会費1万円)に関しての問い合わせは 093-331-7473
※ 但し、この「カボチャドキヤ国立美術館」は2022年5月5日に閉館することが決まっています(2002年に開館して20年の節目)。
この美術館。ミュージアムショップも兼ねています。しかし、ここで氏の版画作品が購入できることはあまり知られていないようです(そもそも積極的に売ろうとしてませんから:笑)。版画作品は在庫確認の都合などもあるので美術館で直接買って持ち帰ることはできませんが、注文して後日、作品と郵便振替の用紙が届きます。絵ハガキや図録などは直接買って持ち帰ることができます。
やはり現物を鑑賞して、その作品が入手できるということを考えると展示会場において作家からの直販は理想的です。カボチャドキヤ国立美術館では一部の絶版作品を除き全作品を取り扱っています。私は2017年に会費会員になったのですが、そうすると会員割引で作品を購入できるという特典もあります。
1944年 鹿児島生まれ 2歳から北九州へ 門司在住
1969年 東京大学中退 細密ペン画を始める
1972年 油彩を始める
1976年 大分の画家 平野遼のすすめで銅版画を開始 個展(東京)
1978年-1980年 版画グランプリ展(東京)
1979年 サンシャイン版画版種別グランプリ・銅版画大賞、個展(銀座、北九州、他)
1980年 北九州絵画ビエンナーレ(北九州市)・優秀賞
1981年 西武美術館版画大賞展・優秀賞、第24回安井賞展(84、86、87年も)
1982年 -1983年 明日への具象展に出品
1983年5月 銅版画集『かぼちゃ浄土』出版 ギャラリー倉屋 同個展(銀座、北九州、他)
1984年 日本青年画家展(日本橋、87年まで)
1985年 北九州市民文化賞
1989年1月 絵本『迷宮へどうぞ』たくさんのふしぎ傑作集 46号 出版 福音館書店
1990年 絵本『かぼちゃごよみ』詩:谷川俊太郎 福音館書店 、
1990年 個展 日動画廊(名古屋)
1991年 第40回 小学館絵画賞 受賞
1991年6月 絵本『かぼちゃ人類学入門』たくさんのふしぎ傑作集 75号 出版 福音館書店
1994年 絵本『かぼちゃ人類学入門』たくさんのふしぎ傑作集 単行本 出版 福音館書店
1999年 銅版画集「カボチャドキヤ I & II 」出版
1999年 かぼちゃのブリューゲル 河原田徹 展 北九州 旧大阪商船ビル
2001年 絵本『空想観光 カボチャドキヤ
』発行 河出書房新社
2002年 北九州のリアル空間にカボチャドキヤを建国、国王となる。同国立美術館の館長に就任。
2003年 絵本『かぼちゃごよみ』の復刻版刊行
2004年 絵本『空想観光 カボチャドキヤ
』発行 石風社 [新装版]
2005年 福岡県文化賞を受賞
2007年 絵本『かぼちゃ大王』発行 単行本 石風社
2013年 東京 渋谷 たばこと塩の博物館特別展 に出展
2018年 東急BUNKAMURA 夢想と断想のイマージュ(4人展)など。
・ゆかいな王国展(2004年)
作品の制作年や限定数やサイズなどを調べてみたいとか、作品を入手するのに重宝するのがレゾネ(作品集ですな)。
ゆかいな王国展の図録は初期から2004年までの全作品収録(カタログ/レゾネに相当)。2005年以降の作品はカボチャドキヤ国立美術館で販売されている絵はがきセットに見ることができます(油絵作品集)。銅版画 / エッチング作品に関していえば2014年以降は制作されていないので、ゆかいな王国展の図録が氏の作品をほぼ網羅していると言えるでしょう。
氏の版画作品は工業印刷物とは違って本物のアートです。基本的にすべて本人が描いて彫って摺っています(銅版画集カボチャドキヤ I , II は白井版画工房の刷り)。現代の版画家は印刷数(エディション/限定数)を決めて刷ることになっており、故人遺族や存命作家に無断で刷りまくって売っている画廊やお店は別として原則・数量限定なのです。川原田氏の場合は30枚限定、50枚限定、75限定といった作品が多いです。このほかA.P.(アーティストプルーフ)などが少数あります。
ちなみに川原田徹(トーナス・カボチャラダムス)氏の作品は版のサイズでおおむね値段が決められており、一昨年(2017年)の時点で銀座の画廊にて確認したところ バンブーバベルが7万円、貧者のバベルが10万円、かぼちゃのブリューゲルが10万円。
版サイズが小さめであれば価格も下がって入手しやすくなります。例えば、絵本『空想観光 カボチャドキヤ
』に用いられている原画/版画はB5ぐらいのサイズで、例えばそのうちのひとつ温泉連絡船は3万円。
たぶん現在でも値段は変わっていないと思いますが、購入希望の方は画廊や作家本人に確認したほうがいいでしょう。高等御下宿 ピース荘はエディションが30枚限定ともあってだいぶ昔に絶版になっています。
銀座のギャラリーでも作家から直接買っても基本的に値段は同じです。ただ、ギャラリーを介すると手数料で半額しか作家には入らないのが画廊の業界。 弦楽器製作でも楽器をお店に卸したり、教室の先生を介したり、3割から5割ぐらい引かれて作家の利益は半額以下というのは知ってる人はみんな知っている話。作家から直接購入することは応援していることにもなりますね。そしてなにより作家が存命中に御本人から入手できるというのは、長い歴史からみると貴重な機会であることがおわかりいただけるでしょう。
いくつかの画廊や版元や作家さんたちから話を聞くと、いま、絵を部屋に飾るという人は減っているのだそうです。
手に取って鑑賞することを望まない世代も増えてきたのかな?と思います。次々と画像が切り替わるデジタルフォトフレームなんてのもありますね。今や絵も音楽もデジタル化。美術展/展示会やコンサートに出掛けることなく部屋で寝っころがって鑑賞できる時代。Googleは世界の美術館の名作を高解像度でデータベース化し公開、アマゾンはプライムミュージックで何万曲でも聴き放題、小説も昔の作品なら青空文庫で読み放題ですな。
でもやっぱり私は、自分の手にとれる、自分の耳で直接聞いてダイレクトに感じるアート、豊かだと思います。
近年は著名な作家のインチキ版画(雑誌とかカタログをスキャンしてインクジェットプリンタで量産とかね)が結構な値段で売られています。コロタイプ印刷やジクレーといった工業量産印刷物も伝統的な版画とは違います。本来はB4サイズぐらいの大判木版画のはずなのにA4サイズで和紙に家庭用プリンターで印刷した川瀬巴水の作品とか、よく見かけます(著作者人格権に觝触しないのか!?)。現代の作家の一部にはインクジェットプリンターで出力するのがオリジナルという作家もありますけれど。
よく探せば優れた本物のアート作品が正当・適切な価格で入手できますが、それには知識と労力が必要な難しい時代。楽天、アマゾン、ヤフオク、メルカリ .... ポチッ!とやれば翌日には商品が届く昨今において、すぐ届くし安いしレプリカでもいいや、と思う人も少なくないのでしょう。なかには高額すぎたり稀少すぎてレプリカでないと手に入らない作家・作品もありますけれど。
しかしできれば、やはり、理想をいえば、部屋に飾るならレプリカではなくちゃんと銅版を腐蝕して刷ったオリジナルの版画がいいなぁ。予算的にいえば工業印刷的なレプリカを1/20の値段で何枚も買うよりも、他の欲しいものとか我慢してこれぞというオリジナル作品を1つ買いたい。
私なら弦楽器工房にやってきた音楽仲間やお客さんに、「おっ!」と思わせるものを飾りたい。ワカル人にはワカル。
川原田徹(トーナス・カボチャラダムス)氏は現在75歳。すでに眼を病んでおられることから銅版画作品を今後制作することはありません(銅版画制作は2013年が最後)。それこそ死後に作品が高騰するやもしれません(をひ!をひ!)。いやしかし、それも無い話ではありません。 カボチャドキヤ国立美術館は開館から今年(2019年現在)で17年ですが、3年後の2022年5月5日に閉館することが決まっています。全作品を一挙に覧られる機会は無くなるのでしょうか? トーナス館長はそのとき78歳。心身共にしっかりしているうちに跡を濁さず幕を引きたいとのこと。
氏いわく、「長生きしたいとは思わないけれど200歳になった頃に自分の作品がどう評価されているか見てみたい。」と。
クリエイティブな世界に生きる人の思いは同じですな。弦楽器製作家もまたしかり。
記事:2019年6月9日 弦楽器工房クレーン Luthier : Makoto Tsuruda