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■ Title : Katherine "TAMING OF THE SHREW," / W.P.FRITH. A.R.A.(1819 - 1909) / Etching / London Ca.1850
● キャサリン (じゃじゃ馬ならし) / ウィリアム・フリス (英国 19世紀中後期ごろ)
・中央に主題と副題 と版元(出版社/摺師)
Katherine (キャサリン/カトリーナ)
"TAMING OF THE SHREW," (じゃじゃ馬ならし)
THE LONDON PRINTING AND PUBLISHING COMPANY, LIMITED
・左に絵師(原画の作者):PAINTED BY W.P.FRITH. A.R.A. (ウィリアム・フリス 1819-1909)
・右に彫師(エングレイバー):ENGRAVED BY FRANCIS HOLL. (フランシス・ホール)
はい、久しぶりに弦楽器銅版画のコーナーを更新しますた。
19世紀にロンドンで制作された銅版画作品です。タイトルは「じゃじゃ馬ならし」。そう! シェークスピアの喜劇ですな。じゃじゃ馬とは作品に登場する女性で、イタリア・パドヴァの裕福な商人バプティスタの長女カタリーナ(キャサリン)を指しています。彼女は妹を椅子に縛り付けたり音楽の先生を楽器で殴りつけたりとワガママ奔放な性格。このキャサリンにお金しか興味のないペトルーキオが知恵を使って結婚したのち、眠らせない、ゴハン食べさせない、着飾らせない、などして言うこときかせて従順な妻につくりかえ、ペトルーキオも大金持ちになるというヘンテコな話です。シェイクスピアですから、不要とも思われる登場人物や無駄な挿話が多いのは他の作品と同様です。
「じゃじゃ馬ならし」は1592年頃に書かれたとされ、男女差別社会の16世紀において一部の人々にウケたと思われますが、広くいえばビジネス的には不評だったともいわれています。この物語の冒頭で始まる飲んだくれ男のスライは話の途中で消えてしまいます(シェイクスピアは劇中劇を閉じるのを忘れたために余計わかりづらい)。シェイクスピア作品は無理矢理ストーリーを複雑にする傾向があって鶴田はあまり好きではありません。現代の舞台や映像作品では主要な筋を抜き出してわかりやすくアレンジするのでしょうね。黒澤明の「蜘蛛の巣城」は好きです。
あ、話が逸れました。つまりこの版画はじゃじゃ馬のキャサリンがマンドリンで音楽の先生を殴るまさにその瞬間を描いているのです。美人ですがたしかに気が強そうです。こんな表情でおもいっきり殴られたらたまりませんな。メインタイトルのKatherine (キャサリン)という名前はたびたび登場します。この歴史的弦楽器版画のコーナーでも過去にキャサリンさんを掲載しています。
言語の一般的な性質としては書いてある文字、つまり字句のならび/スペルは時代を経てもあまり変化しませんが、口頭で話されたもの(音声、発音)は時代と共に変わってゆく傾向があるといいます。表題は Katherine となっており、これは世界共通の「美人」の代名詞的な人名なのですが、国によってスペルと読み方がたくさんあります。鶴田がざっと調べてみたところ、おおむね以下のような感じでしょうか。
Katherine / Kathryn / Katherine / Kathreen / Cathreen / Catherine :キャサリンやキャスリーン:イギリス語
Katarina / Katharina:カサリーナなど:ドイツ語
Katarzyna:カタジナ:スウェーデンやポーランドなど
Catherine:カトリーヌなど:フランス語など
Ekaterina:エカテリーナなど:ロシア語・ブルガリア語・マケドニア語など
Catarina:カタリーナなど:ポルトガル語・イタリア語・オランダ語など
Catalina:カタリーナなど:スペイン語など
Karen/Caren(カレン)もキャサリンの異形だとか。他にも同類が様々あるようですが、語源はギリシア語で「katharos / 純粋」に由来するそうです。
キャサリン、キャスリーン、カサリーナ、カトリーヌ、カタリナ、カトリーナ、カタリン、カテジナ、エカテリーナ、カタジナ ..... う〜〜〜む、鶴田なりに強引にまとめると地球上では「キャサリン」みたいな名前の人はみな「美人」なのだと覚えておけばよいでしょう。
ロシア最強の女帝といわれたエカテリーナ2世、英国ヘンリー5世の王妃キャサリン・オブ・ヴァロワ、英国ヘンリー8世の最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴン、英国チャールズ2世の王妃カタリーナ・デ・ブラガンサ、現代の英国王妃キャサリン妃(ウィリアム王子の奥様)、現代でもアメリカのソプラノ歌手キャスリーン・バトル、エジプトの聖カタリナ修道院、ロシアの聖カタリナ教会、ブラジルのサンタカタリーナ州、アメリカ(カリフォルニア州)のサンタカタリナ湾、小惑星カタリナ、などなど .... 国際的に王族や修道女にもその名は多くみられます。
さて、出版社はイギリスの「ロンドン印刷出版株式会社」ですが、19世紀中期から1916年頃までに数多くの銅版画を伴う出版物を世に送り出しています。今回の作品もおそらくシエイクスピアをテーマとした19世紀の多くの出版物のなかの1ページと思われます。紙のサイズは 437mm x 323mm と大型の作品に区分されます。絵のサイズは余白がおおきくとられており 251mm x 202mm 裏面はブランク。プレートマーク(銅版痕跡)は測ってみたところ 425mm x 297mm です。
それで版画に描かれているマンドリンですが(やっと楽器の話だ)。シェイクスピアの時代ですから本来はリュートやシターンだったのでしょう。このコーナーではたびたび説明していますが、テーマは大昔のものでモデルさんの衣装や背景はその昔風であっても、のちに絵で描かれる楽器は画家が作画用に調達した後世のものであることが多いわけです。19世紀のマンドリンだと思いますが、ヘッドやピックガードの装飾様式、フラッシュの指板、エンドカバーレス、などの特徴を見ると18世紀のスタイルが色濃く出ています。弦は無くブリッジもありませんが、描き忘れたのではなく最初から弦を外した楽器を用意していたのだと思います。拡張フレット(表面板上のフレット)の幅と配置が間違っているほか、ロゼッタとボウル/リブのパース(傾きゆがみ)がおかしいものの、こういった版画のなかでは比較的忠実緻密に描かれている部類です。ネックの側面がわずかに白黒のラインで見られるため、おそらくネックは芯がバスウッド系で濃色系南洋硬木と象牙のゼブラの突板貼りであろうと察します。表面板はモダンなマンドリンのようにベント(折曲)してあるのかどうかはこの絵では判別しづらいです。リボンのようなループ状のストラップにも御注目(現代のLt,Mn奏者も参考にされたし)。版画では隠れて見えませんが、おそらく象牙のエンドピンが付いていると思います。
原画の油絵の出来が良いこともあって、版画製作した彫師のフランシス・ホールがおおいに腕をふるっています。背景の濃淡はハッチングの巧妙な彫りで表現され、こぶしの女性らしいふくよかさ、衣装の緻密な柄までもが非常に高いレベルで再現されています。女性の顔のわずかな明暗表現を見ればこの彫師の技術の高さがわかります。美術展などではここまで拡大して閲覧できませんので、現物の版画を所有して得られるの特権であり醍醐味でもあります。インクの乗り具合や紙質など、本物のアートを手にとって鑑賞することは技巧的な研究材料としても貴重であり、作品全体の深い理解と味わいをもたらしてくれるゼイタクだと思いまする。
・拡大画像
紙のサイズ:437mm x 323mm
版サイズ:425mm x 297mm
絵のサイズ:251mm x 202mm
裏面:ブランク
【参考】
ウィリアム・パウエル・フリス / William Powell Frith, (1819年 - 1909年):
肖像画を得意とした19世紀イギリスの画家。1852年に王立芸術院(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ / Royal Academy of Arts, RA)の会員に選出されている。
Wikipedia : William Powell Frith, R.A.
Wikipedia :じゃじゃ馬ならし
記事:2016年9月11日