カポタスト製作ちょ〜入門:カポ製作過程




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カポタストの製作工程

クレーンホームページというのは、木工や楽器に興味のある善良な市民をそそのかして、弦楽器やらケースやらをつくらせようとたくらむ大罪人と思われていますが、現実にはまったくそのとおりです。
え? 手先が器用? 身近に木材が転がってる? 人と同じモノはヤダ? それなら迷わずCRANEにそそのかされましょう。ここではカポの製作工程をステップバイステップで段階的に解説しています。写真や解説図をまじえて、なるべくわかりやすく理解できるように努めました。名付けて「カポタスト製作ちょ〜入門」。
さぁ、はりきってまいりましょう!


製作の準備

mPC060003.jpgまず製作するカポの形状やサイズ、装飾様式などを検討します。必要に応じてイラストレータで図面を起こしたり、ガットを巻いたときの姿のシミュレーションを行います。楽器の指板は平坦なものとラウンドしているものとがあり、しかもラウンドしている全ての楽器のRは異なるのです。カポの湾曲面と指板面のRに不満があるような場合は入念に調整を繰り返すことでピッタリフィットします。指板をラップで包んで粘土で型をとり、治具を作る方法もあります。また、本体の材料に見合ったペグの寸法や形状もこのときデザインしておきます。




製作過程の解説-1

mPC060002.jpgまず必要なのが材料です。というよりむしろ材料でそのカポのキャラクタはほとんど決まってしまいます。カポタストの材料として一般的には黒檀、ローズウッドなどを調達します。私はスネイクウッドも好んで使いますし、象牙端材を使うこともあります。木材は濃色の広葉樹を使うことが一般的ですが、黒檀にこだわらず様々な材で作るのもおもしろいと思います。




mPC060007.jpgカンナをかけて平面を出しておき、糸ノコ盤で必要な寸法に合わせてカットmPC060005.jpgします。象牙mPC060001.jpgの場合は端材しか買わないので変形が多く材料取りが難しくmPC060011.jpg、ときに材料の形状に合わせてカポのデザインをやりなおすこともあります。どの材料もギリギリの寸法mPC060009.jpgでけがき、有効利用して無駄が出ないようにします。なお、木目が読める材ではソール(弦を押さえる面)に対して板目でとったほうがベグ穴周辺の亀裂を起こしにくくなります。



mPC070014.jpg卓上ボール盤かハンドドリルで本体側に直径5mm程度の穴をあけます。そしてペグリーマを使って穴にテーパを付けます。もし弦楽器用のリーマが手元に無ければ、金属加工用のリーマがホームセンターで売られているの、でそれを使うというテもあります。金工用リーマはテーパがキツく、刃も螺旋ではないので穴が円にならずガタガタになりがちです。材によっては穴をなめらかに加工するためにもう一工夫必要でしょう。

カポ本体への装飾的な彫り込み、あるいはM.O.Pといった類の貝のインレイ、もしくはパーフリング/ラインを入れるのであれば、この段階で作業しておきます。あとでペグを刺して調整を終えたあとに最終的なヤスリがけ/磨きを行うので、現時点ではキッチリとサンディングする必要はありません。



製作過程の解説-2

mPC070016.jpgペグを作るか購入するなどして調達せねばなりません。私の場合はペグも自分でデザインして図面を描き、自分で旋盤を回して作りますが、過去に製作したギター用に余計に作っておいたペグを使うこともあります。ここの写真に写っているペグはスペインスタイルのCRANEオリジナルデザインです。ツゲ材でできており茶褐色の染液(カビを繁殖させて独自に醸造したもの)で染めてあります。カポの本体とペグは必ずしも同じ材である必要はありません。黒檀本体に黒檀ペグの組み合わせは一般的ですが、滑りやすい傾向があるからです。私の場合は本体を黒檀にしてペグを黒く染めたツゲ材を使うこともあります。

さて、次の行程です。ペグシェーパでペグの軸にテーパをつけます。もし、市販のヴァイオリンペグを使うのであれば1/2~1/16サイズの分数ヴァイオリン用ペグのほうがいいでしょう。入手が容易なのはフルサイズ4/4用ですが、軸の直径が太いので本体側の亀裂を防ぐために本体を幅広く作る必要があるからです。カポ本体の幅が広いとハイポジションで使いにくいことがあります(楽器にもよる)。逆に細すぎるカポは亀裂に注意せねばなりません。従って本体ペグ穴とペグ直径は緻密なバランスで調整されるべきです。
次に本体側のペグ穴にペグを刺して本体から3mm~5mm(材料の硬さによる)ぐらいCRANE_Capo_0008.jpg軸が出るように長さを調整します。楽器作りでも同じですが、フリクションペグは使ううちに摩耗したり、なまってきてペグ穴方向へ沈みます。それを想定してやや高めに設定します。ペグが高すぎると下品に見えるので、これもバランスですね。



mPC070017.jpgペグ軸長の調整です。なんだ、そんなの本体にペグを刺して鉛筆でマークして切るだけじゃん。と思われるかもしれませんが、これも楽器のヘッドに刺す場合とは勝手が違います。なぜなら、あとから軸長を修正するにはソールを剥がさねばならないのです。そのため、摩耗の沈み込みを考慮にいれつつわずかに短かくカットするmPC070019.jpgのがコツです。やわらかめの材では思いきって3mmぐらい短くすることもあります。また、ペグのカットはこの写真mPC070018.jpgのように平行補正用の板材を敷くのがノウハウです。CRANEが総力をあげて開発したこの板を「TSULTRA 平行補正パネル Ver2.3」といいます。略して「ツルパネ」。一見すると、なんでもない板に見えますが、ホントはそのへんに転がっていた端材です。
というわけで、 ここまでうまく加工できたらこんなカンジmPC070020.jpgになります。ペグはもちっと短くてもいいかな。



製作過程の解説-3

mPC070023.jpgさて、本体とペグのテーパと高さ調整のあとは締めあげ用の弦の穴開けを行いましょう。ミニドリルかルータ、無ければミニバイスでもかまいません。軸の直径1.4mm~1.6mm程度の穴をあけます。一般的に市販のスペイン式カポタスト(略してスペカポ)ではギターの3弦を締めあげに使います(むしろ細い弦のほうが折れ目にストレスがかからず切れにくいとも:乙竹氏 談)。私の場合はガット(羊腸)弦を使いますが、キャットラインのようなロープ弦を使うこともあるので、この穴の直径は作品ごとに変えています。
まずはペグ側に穴をあけます。ちゃんとツルパネでペグの平行を保っている点に注目。この穴はペグ軸のギリギリ端に開けるのがコツです。そのためにもペグ穴は垂直にあける必要があるのです。穴は本体側mPC070026.jpgにもあけます。



mPC070028.jpg本体の穴はひっくり返し、裏側から大きめのドリルで少しだけ掘ります。凸型に掘ることで弦の結びめが留まるようにするのです。ナイロン弦のカポの場合は締め上げるとナイロン自体が伸びるのでテンションがかかります。そのためカポはゆるみにくくなるのですが、ガット(羊腸)弦はいちど伸びるとすぐに安定して伸び縮みがほとんどなくなります。ですからやや堅めに(強めに)締め上げて使うので、留め部分はしっかり作っておかねばなりません。



mPC070034.jpg締め上げ用の紐はナイロン弦でも羊腸弦でもかまいませんが、ここでは羊腸弦を使います。写真はイタリアのTORO社によるシープガット(ヴァーニッシュ2回仕上げ)です。私自身もガット(羊腸)弦は自分の工房で作るので買う必要もないのですが、羊腸弦はメーカーごとに異なる味わいがあるのでドイツのキルシュナー社やアメリカGamut社のガット(羊腸)弦もよく使います。そのほかNRIやピラミッド社の羊腸弦もたまに使います。アクイラ社は個人的に嫌いなので使いません。なお、スペカポのガットの長さは約17cmが標準です。
ガットの端部の留め方ですが、市販のスペカポはナイロン弦を使うので端部は結んであります、そのため結び目がテキトーだと緩んでよく外れるんですね、これが。しかもナイロンのくせに案外よく切れるんです。羊腸とどちらが耐久性に優れるかはわかりませんが、ナイロンを過信してはいけません。さて、羊腸の端部処理ですが、私は基本的に焼き固めてmPC070031.jpgいます。リュートのガットフレットと同じ要領ですね。ペグ側も本体底部の留めmPC070033.jpgも同様に処理します。心配なら1回結んでから焼き固めてもいいのですが、見た目がくどくなるので簡素にまとめたほうがカッコイイのです。
ここまで作業が済んだらヤスリを使って全体の成形mPC070038.jpgを行いつつ、弦溝も彫っておきます。



製作過程の解説-4

mPC070036.jpg革のソールを準備します。市販のスペカポでは硬質ゴムのラバーソール(リボルバーじゃないよ)を使うことが多いのですが、それは耐久性や機能性としては決して悪くないのです、むしろ合理的。しかし「味」に欠ける。やはり天然皮革でしょう。19世紀ギターやバロックギターの立奏用ストラップのためにストックしてある革帯を使うことにします。ここではやや厚めの革(約1.3mm)です。古い楽器のようにフレットが減っていたり、もともと低めのフレットを使った楽器ではビリつきやすくなるので、薄めの革(たとえば0.5mm)のほうがようでしょう。ソールの革は堅めになめした革のほうが良いようです。柔らかすぎると弦を指板に押さえきれずにビリつきます。弦を押さえる部分はどこのカポタストメーカーも試行錯誤しており、硬質ゴムがよく使われる理由でもあります。
ソールは本体底部のサイズでカットしておきます。



mPC070039.jpgベルトも革です。市販のスペカポでは合成皮革か革がよく使われますが、やはりコストは無視して味を追求しましょう。当然のごとく革ベルトを使います。約75mmがベルトの標準的な長さです。楽器にもよりますが65mm~70mmでもいいでしょう。長すぎると弦に挟まってしまいます、短すぎると保護ベルトの意味をなさず。幅は狭すぎると回転して使いづらいので少なくとも12mm以上欲しいところ。これも厚めの革mPC070040.jpgにするべきです。楽器の種類によっては締め上げの痕跡をネック裏に付けてしまうことがあるので要注意です(革でカバーしてもひもが塗装、木地をいためる事もある:乙竹氏 談)。
作りかけのカポを楽器に実際にあてがってガットの長さを決めます。楽器によってネックの形状もサイズも異なるので、面倒がらずにフィッティングと調整mPC080049.jpgを繰り返します。全ての楽器に使えるようにガットの長さで調整するのは難しいのですが、ペグを長めに作っておけば広範囲に使えます(ガットの巻取長さにゆとりができるため)。




製作過程の解説-5

mPC080056.jpgペグの軸を染色したのち、各部を塗装mPC070042.jpgします。塗料はサンシックンドリンシードオイル、つまり日ざらし亜麻仁油です。塗装は下地の処理を含めて塗布と乾燥を数回繰り返したのち研磨して仕上げます。個人的にグロッシーを避けて艶をおさえたマットなディテールを好みます。



そんなかんだで、CRANE_Capo_handmade.jpg完成しました。 我ながらよくできた。しばし悦に入る私...... 。手作りでワンオフのアイテムには、それなりの魅力や愛着を感じますね。現在、市販されているスペカポはナイロン弦や合成皮革、合成ゴムのソール等が使われていますが、CRANEスペカポはガット(羊腸)弦と革と天然オイル、といった天然素材のみでできています。そのため考えようによっては比較的傷みが出やすいのも事実です。ガット(羊腸)弦は切れたら交換が必要、革ベルトも革ソールも摩耗や汚れが気になれば交換しなければなりません。ただ、使い込むことで味が出ると考えればそれもまた楽しみです。使いこむ喜び。使い捨てと合理化の氾濫する現代において、こういったちょっと面倒なものを愛でることは、むしろ真の贅沢といえるでしょう。


さいごに

カポタスト製作ちょ〜入門ということで解説してきましたが、どうみても入門レベルでは無いように思います。入門を超越しているような感すらあります。ギター製作のコーナーに限らず、ギター製作やガット(羊腸)弦づくりのコーナーもそうですが、私が説明を始めると細かい部分のコダワリが次々とわいてくるので書かずにいると非常にキモチワルイのです(これでもかなり略しているつもりだけど)。その結果、やたらとウンチクが多くて難解に見えてしまいます。困ったものです。よくわからないときはストレートにメールください、ココがわからんと。

道具や小物への愛着、ありますね。たとえば革の鞄や靴にしても、ビニールレザーのそれと違ってメンテナンスの手間こそあれ、愛着もひとしおです。家具や食器、アパレル、アクセサリー、文具、釣り竿や将棋の駒、あるいはテディベアやステッキのような身近なものに、案外コダワリの逸品というのがあふれていたりします。同時にそういったアイテムは子から孫へと受け継がれることも多く、手作りの味はまた愛着が愛着を紡ぎ、かけがえのない価値を育むのです。手間暇万歳!

カポタストに限らず、実際に作ってみるとわかるのですが、手を動かしてみてはじめて気付く疑問というのがあるのです。このあたりが評論家と大きく違うところで、口先と手先の器用さの隔たりが、いかに大きなものかを思い知らされます。頭で思うとおりにはなかなか完成しません。物作りを行う立場にとって、ここをもうちょっとだけこうしたい、というのは追求であり探求なのです。それはまたモノづくりの楽しみであり本質でもあり、神髄でもあります。



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